目標を選択する細胞



 われわれを取り巻く環境の物理的要素は多種多様であり、しかも刻々と変化している。このような環境の物理的変化は、感覚系によって絶えず受容されている。しかし、それらの内、我々の意識に登るのはほんの一部である。こうした選択的注意の過程がなければ、我々は情報の洪水の中で適正な行動選択が困難である。このように、複数の刺激から目標を選択する場面、視覚的に見える複数の刺激から目標を選択する場面(視覚探索場面)で脳はどのように関与するであろうか?


図1 A.実験に用いた視覚探索課題。時間は左から右に進行する。Fixation:まず、スクリーンの中央に注視点が出る。Cue:次に注視点の周囲に1つの目標刺激(T)と5つの妨害刺激(D)が出る。Delay:次に目標刺激と妨害刺激は消え、注視点だかになる。Go:注視点が消え、制限時間内に目標刺激があった場所に視線を移動させると報酬が与えられる。B.前頭連合野の神経細胞活動の記録部位。図の主溝(PS)の上に描かれた○の部分。(Hasegawa, Matsumoto and Mikami., 2000.)

 霊長類研究所の行動発現分野では、ここ数年、視覚探索に関与する脳内機構の研究に取り組んできた。まず、図1Aのような探索課題を遂行中に前頭連合野(図1B)の神経細胞活動を解析した。図1Aの課題では、サルが注視点を見ると課題が始まる。1秒後に6個の手掛かり刺激が呈示される。6個の内の1つだけ異なっており、この異なる刺激が探索の目標刺激となる。手掛かり刺激は0.5秒または1秒間呈示された後0,8-1.5秒の遅延時間があり、中央の注視点が消える。このときに目標のあった場所へ視線を向けると正解とて報酬が与えられる。この課題遂行中は視線の方向を特殊な高速赤外線カメラでモニターしており、注視点が消えるまでは画面中央から視線をそらせると課題は振り出しにもどる。この課題は複数の刺激の中から1つだけ異なるものを選択するので孤立項目課題とも呼ばれている。通常の孤立項目課題では目標を選択した後、すぐに答えるがこの課題では遅延時間の後、目標に向かって視線を動かすことで、サルの選択結果を判断した。図2に前頭連合野から記録した神経細胞活動の例を示す。ここには4種類の手掛かり刺激の条件が示してあり、左の2つは左下に目標刺激があり、右の2つは右上に目標刺激がある。しかし、この4つのいずれもが、破線で囲まれRFと記入したこの細胞の受容野(この細胞が受け持つ視野の範囲)に中に2つの視覚刺激が呈示されている。受容野は、この細胞の活動を引き起こす視野の範囲であるので、通常は受容野の中に視覚刺激が存在すれば細胞活動は存在するはずである。ところが、視覚探索課題を行うと、受容野の中の刺激が目標でない場合にはほとんど細胞活動が引き起こされなかった。この細胞は受容野内での視覚刺激のあるなしではなく、受容野内の視覚刺激が目標として選択されたかどうかによって、言い換えれば、目標選択というサルの意志決定に依存した活動を示したことになる。


図2 前頭連合野から記録した細胞活動の例。四角の中が手掛かり刺激として呈示した画面。破線で囲まれRFと記入した領域は記録中の細胞の受容野。受容野とは、この細胞の活動を引き起こす視野の範囲(この細胞が受け持つ視野の範囲)である。四角の下は、その刺激条件のときの十数回の試行の細胞活動を点で表示したもの(ラスター表示)と細胞活動を加算平均したもの(ヒストグラム)をそれぞれ示している。ラスターとヒストグラムにある2本の縦線は手掛かり刺激のオンセットとオフセットを示す。(Hasegawa, Matsumoto and Mikami., 2000.)


図3 A.妨害刺激が存在する探索条件での神経細胞活動の例。B.妨害刺激が存在せず目標刺激がただ一つ呈示されたときのAと同じ神経細胞の活動。前頭連合野の多くの神経細胞がこの細胞の例のように、探索条件でより大きな活動を示した。(Hasegawa, Matsumoto and Mikami., 2000.)

 さらに、こうした細胞活動が行動選択に対応するかどうかをサルが誤った判断をしたときの細胞活動で確認した。図5は左から、受容野内に目標があるときの正解試行の細胞活動、受容野内に目標刺激がないときの正解試行の細胞活動、受容野内に目標があるときの誤答試行の細胞活動である。左と右は視覚刺激の物理条件は同じであるが、意志決定は逆方向であり、中央と右の条件は視覚刺激の物理条件は異なるが、意志決定は同じ方向である。手掛かり刺激のパターンの下にラスター表示した細胞活動は視覚刺激の物理条件ではなく、サルの意志決定に依存していることが分かる。


図4 視覚刺激の物理条件ではなく意志決定に依存する前頭連合野の細胞活動。上の四角の中は手掛かり刺激の条件、破線に囲まれRFと記入した領域はこの細胞の受容野。下は、上の手掛かり刺激呈示条件での複数の試行の細胞活動を短い線で表してある。左から、受容野内に目標があるときの正解試行の細胞活動、受容野内に目標刺激がないときの正解試行の細胞活動、受容野内に目標があるときの誤答試行の細胞活動である。左と右は視覚刺激の物理条件は同じであるが、意志決定は逆方向であり、中央と右の条件は視覚刺激の物理条件は異なるが、意志決定は同じ方向である。(Hasegawa, Matsumoto and Mikami., 2000.)


図5 前頭連合野の多数の神経細胞活動を加算平均したときの応答。上の図は、視野の中の担当領域(視覚受容野)の中に目標刺激がある場合(太い線)ない場合(細い線)の相違。視覚刺激のスタートから135ミリ秒遅れて、目標刺激独特の応答が始まる。下の図は、目標刺激を妨害刺激から識別するとき(視覚探索条件、太い線)と妨害刺激が存在しない条件(細い線)での応答差。探索課題独特の活動は、視覚刺激のスタートから180ミリ秒遅れで開始する。(Hasegawa, Matsumoto and Mikami., 2000.)


 ここで紹介した視覚探索の過程には、環境要素の物理特性の知覚・認知から標的の選択、行動の選択・判断に至る脳内機構、感覚野から連合野に至る広範な脳領域が関与する。しかも、このときの情報の流れは感覚野から連合野へと一方向に進むのではなく、双方向性かつ同時的であると推定される。領野間の双方向性の線維連絡や、各領野で記録される細胞活動の時間経過の重複はこの見解を支持している。「ポップアウトはV2で起こる」や「視覚野は見たいものだけ見る」で紹介した第2次視覚野や第4次視覚野の研究も感覚情報処理の領野と連合野の連携を示唆していた。この様な視点から、視覚探索における意志決定の脳内機構も、前頭連合野に情報を送り出す視覚野の細胞活動と連携していると推定される。


<参考文献>

Hasegawa, R., Matsumoto, M. and Mikami, A. (2000) Search target selection in monkey prefrontal cortex. J. Neurophysiol. 84, 1692-1696.


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(このページに関する連絡先:三上章允)