未来の受容野に反応する細胞

 視覚野のそれぞれの神経細胞は細胞毎に視野の中の受け持ち範囲を持っている。言い換えれば、神経細胞毎に小窓を持っておりこの小窓から見える範囲を担当している。このような視野の中の受け持ち範囲を受容野と呼んでいる。受容野の存在は、視覚野の神経細胞が網膜の限られた領域からの情報を受け取って反応していることを意味する。後頭葉の視覚野だけでなく、頭頂葉にある頭頂間溝外側領域(LIP)や前頭葉にある前頭眼野(FEF)の視覚刺激に応答する神経細胞も受容野を持つ。受容野の中に呈示した視覚刺激に応答し、受容野の外に呈示した視覚刺激には応答しない。

 ところが、1990年代の始め、奇妙な現象が見つかった(Duhamelら、1992)。彼らは、サルにある位置から別の位置に眼球運動を行うように指示し、頭頂間溝外側領域(LIP)の神経細胞の応答をテストした。一般に、視線の位置が動くと網膜に映る像もずれるので、今まで受容野の中にあった視覚刺激が受容野の外に移動したり、今まで受容野の外にあった視覚刺激が受容野の中に移動したりする。眼球運動を行う方向と受容野の位置の関係を調整し、視線が動いた後受容野に入る位置に視覚刺激と呈示すると、頭頂間溝外側領域の神経細胞は視線が動く前に応答した。視線が動く前は、この視覚刺激の位置は受容野の外にあったので、未来の受容野の視覚刺激に応答したのである。図1は、そのような神経細胞活動の例である。視線が青丸で示した注視点にあるとき受容野の位置は赤丸(現在の受容野)にある。青丸の注視点から矢印の方向に黒丸まで眼を動かすようにサルに指示する。黒丸を見ているときの受容野の位置は緑丸(未来の受容野)の位置にある。眼を動かすように指示してから実際に眼を動かすまでには200-300ミリ秒の遅れ時間があるので、この間に未来の受容野(緑丸)の中に視覚刺激を呈示すると明瞭な応答が見られる(図1左)。同じように、視線が動く前に未来の受容野の位置に呈示した視覚刺激に応答する神経細胞活動は、その後、前頭眼野(FEF)でも見つかった(Umenoら、1997)。



図1 は視線のスタート点(注視点)、は視線が注視点にあるときの受容野(現在の受容野)、は視線が→方向に移動した後の受容野(未来の受容野)。左の条件はで示した注視点を見ているときで囲った受容野に呈示した視覚刺激に反応している。Vは縦方向の眼球の動き、Hは横方向のっ眼球の動き、Stimのグレーのバーは視覚刺激呈示を表す。その下は、細胞活動があるたびに点で表示してある。点がたくさんあると活発に活動したことを示す。これを点表示(ラスターグラム)と言う。16回同じ条件を繰り返し、視覚刺激の提示の時点で揃えて並べてある。その下は16回分の活動を加算平均したヒストグラム。中央は注視点に視線があるときに未来の受容野に視覚刺激を呈示している。但し、この条件では視覚刺激がONのままになっているので、眼が動いた後も視覚刺激が存在し、従って眼が動いた後は受容野の中に入っている。ラスターグラムとヒストグラムは眼球が動いた時点で揃えてある。右の条件では、未来の受容野に呈示する視覚刺激の持続時間を短くして眼が動く前に消している。従って、眼が動いた後には、視覚刺激は存在しない。この条件でも明確な応答がある。ラスターグラムとヒストグラムは眼球が動いた時点で揃えてある。(Duhamel, Colby and Goldberg., 1992)

 

 このように眼が移動する前に受容野が先に移動することがなぜ可能かは十分に分かっていない。しかし、多少の手掛かりはある。この現象を説明する手掛かりの一つは受容野がどのように決められたかに関係している。覚醒状態のサルで受容野を決めるときは、サルが注視点を見ているときに、視野の中のいろいろな位置に視覚刺激を呈示し、神経細胞が応答する範囲を調べて受容野とする。すでに書いたように、受容野の中に呈示した視覚刺激に応答し、受容野の外に呈示した視覚刺激には応答しない。ところが、受容野の中に視覚刺激を呈示している状態で、同時に受容野の外に別の視覚刺激を呈示すると応答の変わる細胞が後頭葉の視覚野で見つかっている。この事実は、上に書いた「受容野は視野の中の受け持ち範囲であり、受容野の位置に対応する網膜の領域から視覚情報を受け取っている」という記述に矛盾するようにみえる。後頭葉の第4次視覚野や第5次視覚野の神経細胞の多くは、1つだけ視覚刺激を呈示して決めた受容野の外の領域に、視覚応答を修飾できる領域があるらしい。別な言い方をすると、これらの視覚野の神経細胞は視覚刺激を1つだけ呈示して決めた受容野の外の視野範囲に対応する網膜の領域からも情報を受け取っており、いわば「サイレントな受容野」とでも言うべき領域を持っていることになる。この「サイレント」な周辺受容野と比較して、従来の方法で決めた受容野を最近は「古典的受容野」と呼んでいる。

 前頭葉や頭頂葉ではこの「サイレント」な周辺受容野が広くひろがっていると予想される。このように「古典的受容野」の外の領域も視覚情報を受け取っているので、応答する視野範囲を変更するような別の機構が働けば、眼が動くまえに「古典的受容野」の移動が可能なはずである。2005年11月にワシントンDCで行われた第35回米国神経科学会では、視床の背側内側核の機能を抑えると未来の受容野の応答が著しく減少するという発表が行われた(Sommerら、2005)。視床の背側内側核は上丘からこれから行う眼球運動の情報を受け取っているので、この情報が大脳皮質に戻され受容野の移動に寄与していると推定される。その仕組みの詳細については、今後少しずつ解明さいれていくことが期待される。


<参考文献>

Duhamel, J-R, Colby, C. L. and Goldberg, M. E. The Updating of the Representation of VIsual Space in Parietal Cortex by Intended Eye Movement. Scuebcem 255m 90-92, 1992.

Umeno, M. M. and Goldberg, M. E. Spatial Processing in the Monkey Frontal Eye Field. I. Predictive Visual Responses. J. Neurophysiol. 78, 1373-1383, 1997.

Sommer, M. A. and Wurtz, R. H. Shifting visual receptive fields in the frontal eye field: do they use corollary discharge from the thalamus. Society for Neuroscience Abst. 590.9, 2005.