完璧な記憶をもったシィーの話


 ロシアの心理学者ルリアの研究室に、1920年中頃のある日、驚異的な記憶力を持った新聞記者シィーが訪ねてきました。彼は、編集長の勧めでルリアの研究室にやってきたのですが、彼自身は自分の超能力に気付いていませんでした。ルリアは当時まだ20代でしたが、シィーはまもなく30才になるところでした。ルリアは数の系列、語の系列などつぎつぎとテストしていきましたが、シィーは系列の数を増やしても何の困難もなく正確に憶えることができました。ルリアはその後30年に渡って、シィーの記憶力の異常発達、それが認識過程や人格形成にもたらした作用について、心理学の様々な手法を駆使して、観察・分析することになったのです。

 シィーは、語や数の系列を見続けるか、あるいは、口述された語や数を視覚像に変換することで記憶していました。例えば、黒板にチョークで書かれた数表を記憶するとき、彼は、数表を注意深く見つめ、目を閉じ、再び目を開き、次に目をそらせました。合図があると、その数表を順方向にも、反対方向にも、対角線の順番にでも言うことができたのです。彼は単に、与えられた視覚像を記憶し、再生のときには記憶した視覚像を読んでいたのです。反対方向でも、対角線でも流暢に「読む」ことができたのはそのためでした。

 シィーには幼児の頃から、「共感覚」とよばれる現象がありました。音を聴くと色や形が見えたり、色や形を見ると音が聴こえたり、匂いを感じたりする現象です。ルリアが50Hzの音を聴かせたところ、彼は、「暗い背景に赤い舌を持った褐色の線条が見えます。その音の味は甘酸っぱく、ボルシチに似ていて、その味覚が舌全体を覆っています。」と報告しました。ルリアはこれらの共感覚が記憶の背景を作り出し、彼の記憶の正確さを保証しているのだろうと考えました。

 シィーはまた、自分の心拍数や体温を随意にコントロールすることができました。例えば、汽車を追いかけるのをイメージして心拍数を上昇させ、眠っている自分を想像して心拍数を減少させたりできたのです。彼の空想の世界はあまりにも鮮明で、空想の世界の実在性を経験することもしばしばあったようです。そうしたエピソードのひとつでは、少年の頃、想像の中の彼は学校に出かけたのですが、そこへ父親が入ってきて、まだ自宅にいる現実の世界に引き戻されたそうです。

 シィーの記憶は、視覚化と共感覚によってその正確さを保証されていました。しかし、逆に、視覚化したものの記憶は、共感覚によって引き起こされる視覚像によって邪魔されることもしばしばありました。彼はルリアに人の顔の記憶について愚痴をこぼしていたそうです。「人の顔は、人の気持ちの状態や、どういうときに会うかによってしょっちゅう変わり、そのニュアンスはメチャメチャになります。」と。長い物語や詩の理解も、彼にとっては苦手なもののひとつでした。つぎつぎに浮かび上がってくる視覚像に邪魔されて、本質的なものを抽出し非本質的のものを捨て、話や詩の流れを追うことが困難になるためでした。

 シィー以外にも驚異的な記憶者の研究報告はありますが、それらの例では必ず忘却もありました。ところが、シィーの記憶は、ルリアが十数年後にテストしたときも全く完全で、忘却のない完璧は記憶でした。しかし、それと引き換えに彼は、つぎつぎと生じる視覚像のために抽象的な思考は妨げられ、また、しばしば、現実と想像の世界の区別を失うという異常な世界に生きていたのです。


[参考文献]

ルリア著、天野 清訳、「偉大な記憶力の物語」(文一総合出版)

原著は、1968年モスクワ大学出版局より出版、著者はアレクサンドル・ロマノヴィッチ・ルリア(1902-1977)。ソビエト連邦時代の著名な心理学者。シィーの本名は、エス・ヴェー・シェレシェフスキー。ラトビア生まれのユダヤ人。兄弟、家族は普通の人達で、精神異常もいなかったという。