ブローカの運動性言語野


 1861年4月、ブローカが勤めていたビセートル病院のブローカの病棟にルボルニュという51歳の男性が入院してきた。ブローカが何を尋ねても、彼は左手のジェスチャーを加えながら「タン、タン」と2度繰り返すだけであった。ルボルニュは31歳のときビセートル病院に入院した病歴を持っており、その第1回の入院の2、3カ月前から言葉をしゃべることができなくなっていた。しかし、その他の知能はまったく正常で、病院では「タンさん」と呼ばれていた。彼は、他人のいうことは何でもわかり、いろいろなジェスチャーでおおまかな意志の伝達ができた。37歳で右下肢の運動麻痺が始まり、44歳からは寝たきりの状態でになっていた彼は、6日後に死亡した。ブローカはその24時間後に剖検を行い、左の下前頭回に脳梗塞を見い出した。こうして、運動性言語野は発見された。この領域はブローカの名前をとってブローカの運動性言語野、ブローカ野、ブローカの中枢とも呼ばれる。

 ブローカによる運動性言語野の発見につづいて、1870年、フリッチュとヒッチッヒは、ごく弱い電流で大脳皮質を刺激すると、ごく限局された筋肉群のみを活動させることができること、また、電極をわずかにずらすと別の筋肉群が動くことを確かめた。これら一連の研究成果の発表の後、大脳は場所ごとに機能が異なるという機能局在の考えが定着した。

図1 ピエール・ポール・ブローカ(1824-1880)
図2 左側面から見たタンの脳 

図3 言語野(赤線で囲まれた領域)

感覚性言語野は聴いた言葉の理解の中枢。ウェルニッケ野とも呼ばれる。縁上回と角回は読み書きの中枢



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(このページに関する連絡先:三上章允)