左脳優位は本当か?


1.対側支配:外の世界は大脳では左右逆になっている。

 人や動物の体はほぼ左右対称にできている。人や動物の脳もほぼ左右対称の構造をもっている。ところが、左右の脳はそのまま左が左、右が右に体と対応していない。大脳では、左の脳は右の体、右の脳は左の体に対応する。例えば、右の手をコントロールするのは左の脳であり、左の手をコントロールするのは右の脳である。視覚の場合も、右の視野は左の脳で分析される。同様に、左の視野は右の脳へ送られ分析される。この左右逆転(対側支配)のルールは大脳の感覚や運動に直接関係した領域で良く保たれている。

 このように左視野と右視野が右脳と左脳に生き別れしている。ところが、われわれには右視野と左視野をつなぐ境目は全く気にならない。右視野と左視野は実になめらかにつながっている。一端右と左に分かれた情報をつなぐために、視野の中央の縦のつなぎ目に対応する視覚野の部分では、左右の脳半球の間で密接な情報交換をしている。この情報交換は、縦の中央線付近をマップする大脳皮質視覚野の細胞が神経線維の枝をそれぞれ反対側の半球へと送り出すことによって行われる。このような原理を逆手にとると、左右の脳半球をつなぐ神経線維を染め出すことによって、視野の中央の縦線が大脳皮質上のどこにマップされているかを見ることもできる。

2.連合野では対側支配の束縛から解放される。

 大脳皮質の視覚野の一つ一つの細胞からみると、それぞれの細胞は視野の中の一部しか見ていない。細胞毎に受け持つ視野の範囲が決まっている。この範囲をその細胞の受容野と呼んでいる。この受容野の大きさは網膜では非常に小さい。視野の中心付近で視野角0.1度以下である。視野角というのはあまり馴染みがないかも知れないが、1ミリメートルのものを57.3センチの距離で見たときの視野角が0.1度である。大脳皮質の最初の視覚野(第1次視覚野、V1)では受容野は視野の中心で1度以下であり、V1からより前方の視覚野へと情報伝達が進むにつれて、この受容野の大きさは少しずつ拡大する。例えば第4次視覚野(V4)では視野の中心付近で3度程度になっている。ひとつひとつの細胞が受け持つ視野の範囲が拡大するということは、網膜のより多くの神経節細胞から情報を受け取ることを意味する。例えば、V4の場合を例に計算してみると、V4の1つの細胞には網膜の約数千個の神経節細胞からの情報が集まっていることになる。

 このような視覚受容野の大きさは情報の処理が進むにつれてさらに拡大し、連合野と呼ばれる大脳皮質の高次領域では、受け持ち範囲を視野の縦の中央線を越えて反対側にまで大きく広げる細胞が出現する。こうなるともはや、右の世界は左脳、左の世界は右脳という対側支配の原則はくずれてしまう。右脳も左脳も視野全体をカバーするようになる。このように大脳皮質の高次領域では片方の半球だけで外の世界全体を扱うことができるようになる。こうなると、右半球と左半球が左右の半分ずつを分担するというかつての役割分担は意味を失い、新しい役割分担が可能になる。言い換えれば、左右の脳半球が別々の機能を担うことが可能になる。その結果、人では、言語機能や論理的思考は左脳が担当し、図形処理が直感的思考は右脳が担当するようになる。

3.日常動作の中で右脳も左脳も使っている。-- リンゴの皮むきと石器作り

 左右脳半球の機能差を表現するときに、左脳優位という言葉がある。より細かい動作をするのが右手、従って左脳であり、言語や論理思考など知的な機能も左脳であるというのがこの表現の根拠である。しかし、左がより重要であると考えるのは間違いである。左と右はあくまでも役割分担をしており、左右の協力で外の世界と向き合っている。リンゴの皮を剥くとき、われわれは包丁を右手で持つ。しかし、右手だけではリンゴの皮を上手に剥くことは難しい。左手でリンゴを支える必要がある。包丁を動かす右手の動作はむしろ同じ位置、同じ動作の繰り返しで、左手でどの向きにリンゴを保持し、どのように回転するかが途切れずに皮が剥けるかどうかを決める。右手の動作と左手の動作が上手にかみあわないとリンゴの皮が切れ切れになったり、手を切ってしまったりする。この役割を逆にすると左手で上手に包丁が操作できないだけでなく、右手の動作もぎこちなくなる。

 同様の役割分担は、われわれ人類の祖先達が石器をつくっていたときにもあったらしい。石器を調べるとその削り方の特徴から古代の人類もまた右利きであったことが分かる。古代人類が使ったのと同じような石を集めて石器作りを体験すると古代人類の「こころ」が良く分かる。石器作りには削られる石と削る石がある。削られる石は左手に、削る石は右手に持って、右手の石を振り下ろす。振り下ろすときの角度や振り下ろすスピードは一定の方が作業しやすい。上手に削るためには左手の削られる石の位置や向きを微妙に調節して、振り下ろされてくる石が丁度よく当たる様にする。この作業の中で、左手にこそ作られるべき石器のイメージがあり、右手は繰り返し同じようにひたすら振り下ろすのみである。こんな動作の中には、左手、従って右脳が図形イメージをつかさどる現在の役割分担との共通点がみえる。

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(このページに関する連絡先:三上章允)