ヒトの前頭連合野損傷の症例(フィネアス・ゲージ)


 1848年 9月 13日、鉄道建設作業の現場監督 Phineas Gage 25歳はアメリカ合衆国 Vermont 州の小さな町 Cavendish の近くで、岩盤を爆破する仕事をしていた。この日、仕掛けたダイナマイトが爆発しないため鉄棒でつついた。その瞬間にダイナマイトは爆発し、長さ 109 cm、太さ 3 cm、重さ 6 kg の鉄棒は彼の下顎から頭を貫通し彼の後方へ30メートル近く飛んだ。事故後も彼は意識があり、仲間に支えられて歩くことができた。彼は Cavendish の医師 Dr. Harlow の治療を受け約 10 週間で退院した。

 New Hampshire の自宅で 7ヶ月間静養した Gage は鉄道工事の職場に復帰するが、最早以前のような指導的役割を果たすことができなかった。事故以前には彼は有能で効率的な現場監督であり、精神的にもバランスがとれていた。事故後仕事に復帰した彼は、きまぐれで、非礼で、下品になり、彼の仲間に敬意をほとんど示さなかった。また、辛抱強さを失い、頑固になり、そのくせ、移り気で、優柔不断で、将来の行動のプランもきちんと決めることができなかった。彼の友人は、彼のことを「彼は最早、Gageではない」と評した。
 彼は、その後も結局現場監督レベルの仕事はできなかった。New York の Barnumis Museum、New Hampsher州 Hanover市の Dartmouth Inn、Chiliで馬車の御者と飼育係と仕事を変えた後、健康状態が悪化し1859年、SanFranciscoの母の下へ移り住んだ。その後、てんかん発作が次第にひどくなり、1860年5月21日死亡した。死後、彼の脳は剖検されることはなかったが、彼の頭骸の骨と事故の原因となった鉄棒はDr. Harlowの元に送られた後、ハーバード大学のWarren Museumに保管された。

 米国アイオア大学の Damasio らは、保管されていたGageの骨と標準的な脳のMRI画像とを重ね合わせ、Gageの脳のどの領域が障害されていたかを再検討し、その結果を米国の科学専門誌、Science 誌に発表した。その結果によると、Gageには前頭葉の眼窩面(前頭眼窩回)と前頭葉の先端部(前頭極)を中心とする損傷があったされた。(Damasio et al. Science 264, 1102-1105,1994)

図1 Gageの頭骨(久保田競名誉教授撮影)
図2 頭を貫通した鉄棒(久保田競名誉教授撮影)

図3 事故現場バーモント州キャベンディッシュ(緑矢印)


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(このページに関する連絡先:三上章允)