前頭連合野の話


[3]前頭連合野frontal association cortex

 前頭連合野は、前頭葉で運動皮質よりも前の部分である。前頭連合野は、行動計画に必要な情報を側頭連合野や頭頂連合野から受け取り、複雑な行動計画を組み立て、その実行の判断を行う。視覚的に与えられた目標への眼球運動の制御もこの領域で行われる。

1.ヒトの前頭連合野の病床に伴う症状

 ヒトの前頭連合野の破壊によって引き起こされる一連の症状を前頭葉症状と呼ぶ。

(1)性格の変化:前頭連合野の損傷の、文献に残された最初の症例(1848年)では、鉄道工事の現場監督をしていたゲージが、爆破処理作業中に火薬充填用のパイプが前頭部を打ち抜いた後、気まぐれで、ごうまんになり、結局職を失うことになる。多幸症、楽天化、無関心、無頓着などの性格・感情の変化を起こす症例では前頭眼窩野が損傷が著明である。

(2)行動のプログラミングの障害:個別の行動は可能なのに、行動の手順を決め、その手順に従って実行することが困難になる。

(3)反応抑制の障害、保続傾向、固執傾向:ウィスコンシン・カード・ソーティング・テスト(図1)では、分類基準が変わっても最初の基準で分類を続ける。

図1 ウィスコンシン・カード・ソーティング・テスト:トランプの様なカードには色図形が描かれている。このカードを色、数、形のいずれかを基準に分類する。色、数、形ともに4種類ある。分類の基準は被験者には告げられない。一枚ずつカードを被験者に渡し、被験者はそのカードを上の様に並んだカードの中のいずれかに分類するように告げられる。被験者がどれかに分類したら、実験者(テスト実行者)は、その分類が正しいか間違っているかのみを被験者に伝える。被験者は自分の行った分類が正しかったか間違っていたかを憶えておき、正しければ、次のカードも同じ基準で分類する。違えば、別の基準で分類する。2回目も間違っていれば、前2回以外の分類を選択する。例えば、図の中の手元のカード赤の十字が2個という場合、色で分類すれば1,数で分類すれば2,形で分類すれば3が正しい。


(4)視覚的注意の障害:絵を見せてその中に描かれている内容を説明するように求めると、その一部が気になり、絵を分析的、系統的に見ることができない。

(5)抽象的カテゴリー化の障害:対象物なしに使う「ふり」をするなどの抽象的態度の消失。

(6)時間的順序の弁別・記憶の障害:出来事そのものの記憶はあるのに、その時間的順序がわからなくなる。

(7)運動性失語:左半球の第三前頭回の後方(44野、45野)には、運動性言語野(Broca 野)があり、ここを損傷すると聞いたり読んだ話は理解できるが、発話ができなくなる。この言語野の発見が脳の機能局在についての有力な証拠となり、その後の脳研究に大きな影響を与えた。

(8)作業記憶の障害:作業記憶(ワーキング・メモリー)とは、脳の情報処理の過程で一時的に保持されている情報である。Braddeley(1986)は「理解、学習、推論など認知的課題の遂行中に情報を一時的に保持し操作するためのシステム」をワーキング・メモリーと呼んでいる。蓄積、保持、再生といった記憶の静的な側面ではなく、情報処理の中で操作される動的な側面を重視した見方である。この概念はコンピュータの中央処理装置(CPU)にあるレジスターの働きに似ている。初期のコンピュータにはレジスターは一個であったが、最近にコンピュータには複数存在し、計算処理の途中で値を一時的に保持するために用いる。脳内の情報処理においても、情報の処理の中で動的に使われる点が重要である。前頭連合野の障害は、エピソード記憶や手続き記憶などの長期の記憶障害を殆ど引き起こさないが、作業記憶の障害を引き起こす。また、PETや機能MRIなど脳機能イメージングの方法でも作業記憶課題を遂行中に前頭連合野の活動が確認されている。

2.サルの前頭連合野の機能

(1)眼球運動制御:前頭眼野frontal eye field(8野)は視覚的にとらえた目標に向かって眼球運動するときの視覚的注意や眼球運動の発現に関わっている。電気刺激すると、両眼が刺激半球と反対方向に向かう急速眼球運動を起こす。一側の前頭眼野の破壊は、破壊側への視線の偏り、反対側視野の無視visual neglectを起こす。両側の前頭眼野の破壊による眼球運動障害は数週間で改善するが、上丘と前頭眼野を同時に破壊すると眼球運動障害は永続的となる。

 前頭眼野の細胞は、視野受容野内の刺激が急速眼球運動の目標となるとき活動が増強し、眼球運動に先行して活動する。

(2)空間情報処理:前頭眼野よりも前方の前頭前野外側部dorsolateral prefrontal cortexで、特に主溝のまわりの領域の破壊は、左右の空間記憶を扱う遅延反応課題の遂行を障害する。主溝周辺および主溝より内側の前頭連合野の細胞は、この遅延反応課題遂行中の左右の手掛かり刺激に選択的活動を示したり、短期記憶の時期に左右の記憶内容に選択的な持続的活動増加を示す。遅延反応課題は与えられた手がかり刺激を短期間記憶し、その記憶情報に基づいて行動を選択する点で、作業記憶(ワーキング・メモリー)の課題と考えられている。記憶期間の持続的活動は、記憶が必要な間持続し、細胞毎に特定の記憶内容に対応するので、作業記憶を担う細胞活動と考えられている。この領域はまた、特定の空間へ注意を向け目標を選択する過程にも寄与している。

(3)反応抑制:主溝より外側下方の領域(下膨隆部)の破壊は、2つの刺激と対になる2つの反応の関係を逆転させる逆転学習や、片方の刺激で反応し、別の刺激で反応しない課題(GO/NOGO課題)の障害を起こす。反応しない条件(NOGO)で反応してしまう誤反応の増加は、ヒトで見られる反応抑制の障害と相同のものと考えられる。

(4)図形情報処理:前頭眼窩回外側部と背側面の主溝より外側(下膨隆部)は、下部側頭連合野からの入力を受けており、その破壊は図形識別や図形の短期記憶課題の遂行を障害する。この領域の細胞は図形の識別時に図形に選択的な活動をしたり、記憶期間に記憶すべき図形に選択性のある持続的活動を示す。前頭連合野背外側部の空間記憶期間の活動と同様、図形に選択的な記憶期間の活動は作業記憶を担う細胞活動と考えられている。

(5)情動:前頭葉の底面にある前頭眼窩回orbitofrontal cortexの破壊は、攻撃性の消失、逃走傾向を起こす。この領域の細胞は、嗅覚刺激、味覚刺激、報酬に反応する。また、手掛かり刺激によって異なる報酬や嫌悪刺激が与えられるとき、手掛かり刺激呈示の時期にその刺激が意味する報酬や嫌悪刺激に依存した活動を示す。

図2 サル(a)とヒト(b)の大脳皮質連合野。黄色部分が前頭連合野、ピンク色が頭頂連合野、緑色が側頭連合野、水色は後頭連合野、後頭連合野は視覚前野とも呼ばれる。(医学書院「標準生理学」より、オリジナルは、Brodmann, J. Psychol. Neurol. 6, 275-400, 2906, Brodmann, Vergleichende Lokalisationslehre der Grosshirnrinde in ihren Primazipien dargestellt auf Grund des Zellenbnaues, 1909)