脳とリハビリテーション

脳と損傷からの回復

 生物は一般に障害からの修復能力を持っています。例えば、ヒトの指の表面の傷、真皮に達しない傷は数週間の間に跡形もなく修復されます。真皮に達する深い傷でも瘢痕(はんこん=傷跡)は残りますが修復できます。脳の場合も損傷からの回復能力をある程度備えています。多細胞生物の修復の過程では多くの場合新しい細胞の新生が修復に寄与します。しかし、脳では「神経細胞の新生」の項目で紹介したように、成人になってからの神経細胞の新生は嗅球や海馬に限られています。脳の機能の修復過程では細胞ではなくて細胞の突起(軸索)の伸長、シナプスの形成が重要な役割をになっていると考えられています。

損傷後におきる大脳皮質マップの再配置

 末梢の障害によって大脳皮質に入力していた情報が消失すると、障害部位から情報を受け取っていた大脳皮質の領域に入力の空白状態ができます。障害されたのは末梢なので、大脳皮質の空白領域の神経細胞は生きています。このように大脳皮質のマップに空白部分ができると、空白部分の周囲に入力していた軸索の枝が空白領域の神経細胞にシナプス接続し空白を埋めます。その結果、大脳皮質のマップの再配置が起きます。このようなマップの再配置の結果「まぼろしの腕」が出現することもあります。一方、大脳皮質そのものが脳梗塞や脳出血などによって損傷したときも、大脳皮質のマップの再配置が起こります。この場合は、損傷前には一定の入力のターゲットであった大脳皮質が消失するので、行き先を失った入力が周囲の残った大脳皮質に入り込むことによって大脳皮質のマップの再配置が起こります。「視覚野の破壊」では、イボテン酸による大脳皮質の小部分の破壊の後、1週間で破壊部分の視力が回復しました。この場合は末梢、この場合は網膜が正常だったので、視覚刺激を受容することはできました。そこで、損傷部分に入っていた入力が破壊されなかった周辺部分の大脳皮質に入り込み大脳皮質の細胞を活動させることによって「見える」ようになったわけです。運動野でも同様の現象が確認されています。図1は運動野に腫瘍ができたために手の領域が移動した6人の症例をまとめたものです。一方、Dancauseら(2006)は、一次運動野の小さな領域の破壊の後、一次運動野、運動前野の体部位マップが変化すると報告しています。

図1 脳腫瘍による運動野の再配置。a.6人の患者の脳腫瘍の位置(ドットの領域)とPETで調べた指の運動領域(黒点)。 b.一次運動野のある中心溝の脳腫瘍による移動ベクトル(矢印)。 c.腫瘍のある側の右にそろえたときの指の領域の正常側との比較。右が正常の場合は左右反転して左が正常側になるように調整した上で6人のデータを重ね書きしてある。 d.指の領域の移動方向の3次元ベクトル表示。 (Seitz, Huang , Knorr, Tellmann, Herzog, Freund, Large-scale plasticity of the human motor cortex. Neuroreport 6, 742-744, 1995.)

機能回復におけるリハビリテーションの効果

 失われた機能の回復過程には、適切なリハビリテーションが有効です。リハビリテーションが有効なことはもちろん、数多くの臨床経験から自明のことです。リハビリテーションの効果は動物実験でも確認されています。Nudoらは、リスザルを被験体として一次運動野の手の領域に電極を挿入し、この電極にやや強い電気を流して大脳皮質の一部を破壊する実験を行いました。図2はその前後のデータです。リスザルは板の上にあいた小さな孔に入っている餌を指先を使って摘んで取る訓練を受けています。図の縦軸は餌を摘むのに何回トライしたかに対応しています。横軸は左から右へ時間が進行します。ゼロ点は大脳皮質の指の領域を破壊した日です。白の四角□は大きな孔に餌を入れたときの結果、黒の四角■は小さな孔に餌を入れたときの結果を示します。大脳皮質の手の領域を破壊した後、小さい孔に餌があるときは大きな値を示しています。これは、サルがなかなか餌を取れなかったことを意味します。訓練を進めると一旦良くなる(少ないトライで餌が取れる)時期もありますが、最終的に安定して少ない回数で餌が取れるようになるのは運動野の破壊の後20日近い訓練の後でした。

図2 縦軸は餌を摘むのに何回トライしたかに対応する。横軸は左から右に日数が進む。ゼロ点は大脳皮質の指の領域を破壊した日。□は大きな孔に餌を入れたときの結果、■は小さな孔に餌を入れたときの結果。 (Nudo, Wise, Fuentes, Milliken, Neural substrates for the effects of rehabilitatiive training on motor recovery after ischemic infarctl. Science, 272, 1791-1794, 1996.

 では、脳にはどのような変化が起きたのでしょうか。彼らはリスザルの運動野を微小電気刺激することによって手の運動を引き起こす領域をマップしました。図3がそのデータです。破壊後リハビリテーションしなかった場合には、手の領域の縮小が見られました。一方、リハビリテーションした例では、破壊前に比べて手の領域の拡大が見られました。リハビリテーションによって大脳皮質運動野のマップが変わっていたのです。

図3 リハビリテーションをした場合としなかった場合のリスザルの大脳皮質運動野の再配置の違い。左上はリスザルの脳を上から見た図、マップを調べた運動野の領域は矢印と破線で示してある。左下。破壊前の手の領域のマップ破線で囲まれた領域は破壊予定の領域。右上、リハビリテーション無しの場合の破壊後の手の領域のマップ。手の領域は破壊前よりも狭くなっている。右下、リハビリテーションを行ったときの手の領域のマップ。破壊前よりも広がっている。 (Nudo, Plautz, Frost, Role of adaptive plasticity in recovery of function after damage to motor cortex. Muscle and Nerve 24, 1000-1019, 2001.

シナプスで起きる変化

 大脳皮質で起きる変化の主役はシナプスであると考えられています。Kleimら(2002)は学習による変化がシナプスでおきていることを示すデータを発表しています。彼らはラットにリーチング(到達)課題を訓練し、大脳皮質の運動野のマップを訓練した群と訓練しなかった群で比較しました。その結果、リスザルの場合と同様、訓練により手指の領域の拡大が見られました。彼らはさらに運動野の組織像を調べました。訓練の結果、大脳皮質の厚みやシナプス密度は殆ど差がないけれども1個の神経細胞あたりのシナプスの数が手の領域で有意に増加していました。学習によって細胞あたりのシナプスの数が増えることが確認されたわけです。この実験は障害の実験ではありませんが、障害後の回復でも同様にシナプス部分の変化が起こっていることが予想されます。

図4 上なシナプスの密度のデータ、下は1個の神経細胞あたりのシナプスの数のデータ。SRCは、リーチング課題を習得した個体、URCは、リーチング課題を習得しなかった個体、RFAは前肢の肘より上の領域、CFAは前肢の指から肘までの領域、HLAは後肢の領域、*は統計的に有意であることを示す。前肢の指から肘までに対応した大脳皮質の領域で1個の神経細胞あたりのシナプスの数が有意に増加していました。 (Kleim, Barbay, Cooper, Hogg, Reidel Remple, Nudo, Motor learning-dependent synaptogenesis is localized to functionally reorganized motor cortex. Neurobiology of learning and memory 77, 63-77, 2002.

 シナプスで起きる変化についてはいくつかの可能性が指摘されています。そのひとつである側枝形成については「移動するシナプス」で紹介しました。上に紹介した視覚野や運動野のケースでこの側枝形成が起こっていたものと考えられます。もうひとつはスパイン(樹状突起棘)です。スパインは樹状突起の表面に棘(とげ)状に出ているものです。樹状突起の表面積を増してシナプスのつく面積を拡大し、伝達効率を高めたり、樹状突起の本幹とスパインの間の茎の部分の太さによって伝達効率を調節すると考えられています。学習によってスパインの数や形が変わるというデータがあります。



文献:

Seitz RJ, Huang Y, Knorr U, Tellmann L, Herzog H, Freund H-J, Large-scale plasticity of the human motor cortex. Neuroreport 6, 742-744, 1995.

Nudo RK, Wise BM, SiFuentes F, Milliken GW, Neural substrates for the effects of rehabilitatiive training on motor recovery after ischemic infarctl. Science, 272, 1791-1794, 1996.

Plautz EJ, Milliken GW, Nudo RJ, Effects of repetitive motor training on movement representations in adult squirrel monkeys: role of use versus learning. Neurobiology of Learning and Memory 75, 27-55, 2000.

Nudo RJ, Plautz EJ, Frost SB, Role of adaptive plasticity in recovery of function after damage to motor cortex. Muscle and Nerve 24, 1000-1019, 2001.

Kleim JA, Barbay S, Cooper NR, Hogg TM, Reidel CN Remple MS, Nudo RJ, Motor learning-dependent synaptogenesis is localized to functionally reorganized motor cortex. Neurobiology of learning and memory 77, 63-77, 2002.

Dancause N, Barbay S, Frost SH, Zoubina EV, Plautz EJ, Mahnken JD, Nudo RJ, Effects of small ischemic lesions in the primary motor cortex on neurophysiological organization in ventral premotor cortex. J. Neuropysiol. 96, 3506-3511, 2006.


関連項目:

神経細胞の突起

移動するシナプス

神経細胞は新生するか


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(このページに関する連絡先:三上章允