サルにも利き手はあるか?


 野生ニホンザルの研究が始まったばかりの戦後すぐの時期から、サルに利き手がありそうだという点は注目されていた。1955年、伊谷は高崎山のサル81頭がコムギを拾うときどちらの手を使うかを調べ、オトナでは左利き37%、右利き19.8%、両手使い43.2%と報告した。彼は同時に2才以下のコドモの多くは両手を同じように使うと報告している。さらに、7年後の1962年に同じグループのサル達を調べ、殆どのサルで利き手が変わっていなかったとしている。伊谷の他にも複数の研究報告がある。1962年と1965年に河合は幸島のサルで投げ与えたサツマイモをキャッチする行動を調べ、左または両手が37.5%、右または両手が16.7%と報告している。1964年、幸島のサルでピーナツを拾う手を調べた徳田の報告では、左利き41%、右利き20%、1988年、霊長類研究所放餌場のサルで視覚到達運動(固形飼料に手を伸ばす動作)を調べた久保田の報告では、左利き43%、右利き11%であった。これらの報告で共通するのは、左利きが若干多いこと。利き手は個体毎には安定していること。コドモでは利き手が不明瞭なことである。ニホンザルと同じマカカ属のサルであるアカゲザル、ベニガオザル、カニクイザルなどでも類似の結果が得られている。アカゲザルの行動実験による複数のデータ127頭をまとめると、左利き33%、右利き16.5%となり、左利きが統計的に有意に多い。下等なサルの仲間である原猿の研究では左利きが多かったという研究が2報、中南米に住む新世界ザルの研究でも左利きが多いという報告が複数ある。しかし、右利きが多かったというアカゲザルやオマキザル(新世界ザル)の行動実験の報告も複数あり、種のレベルでみると、必ずしも左利きが多いというデータばかりではない。ベニガオザル10頭の研究では視覚到達運動は左利き、手先の細かな運動は右利きとしているが頭数も少なくそれほど明確ではない。

 遺伝的距離がヒトにもっと近い類人猿でも、利き手のデータはあるが限られた群についてのデータである点でマカカ属サルの場合と同様である。最も古い報告はFinchi(1941)である。30頭調べ、左利き14頭、右利き11頭と報告している。Schaller(1963)の72頭のゴリラのドラミングの手は右利き69%と報告されている。1990年と1991年、松澤がボッソウのチンパンジーのヤシの実割りのハンマーを持つ手を調べたデータでは、右利き9頭、左利き4頭で、利き手は個体毎に安定していた。ヤシの実割りの場合、ハンマーを持つ手と反対側の手は、ヤシの実を摘んだり、実をほじくり出したりすることに使われており、どちらを利き手とするかは難しい面もある。実はヒトの場合も、日常生活の中で左右の手はむしろ役割分担をしており、右手だけでなく、左手も重要な役割を担っている。例えば、リンゴの皮を長くつなげて剥こうとするとき、ナイフを持つ右手よりも、むしろリンゴを持つ左手の操作が決めてとなる。

 ヒトの祖先である化石人類には利き手はあっただろうか。判断材料は骨と石器しかない。約200ー300万年前の人類の祖先アウストラロピテクスを発見したレイモンド・A・ダートは、一緒に出土したヒヒの頭の骨の傷の位置から、彼らが右利きであったと考えている。ヒヒの頭骨にあいている穴は左側に多く、その一部は同時に出土したカモシカの上腕骨の関節部分と形が一致した。これらの観察から、ダートは、アウストラロピテクスが右手に持ったカモシカの上腕骨で向かい合ったヒヒの頭を殴りつけて殺したと推測した。一方、石器も古代人類の利き手を示す証拠となる。ケニアのコービフォーラ(40ー190万年前)、スペインのアンブロナ(30-40万年前)から発掘された石器の剥片では、その半数以上が右手に削るための石を、左手に削られる石を持って作られたと推定される形をしていた。さらに、単式削り器を調べると約13万年前のル・ラザレ遺跡の石器は刃が右側にくるように作られており、当時の人類が集団のレベルで右利きであったと推定される。

 ヒトで利き手が問題になるのは、(1)個人レベルで利き手が安定していること。(2)人類全体で見て右利きが多いこと。さらに、(3)左右の手の役割分担は、左右の大脳半球の役割分担と密接に関係することである。少なくとも、サルは(1)はある程度クリアしていそうである。従って、サルに利き手があるかという質問に対するとりあえずの答はYESである。しかし、このレベルでよければ、サルやヒトに限ったことではないかもしれない。たとえば、ある種の魚は個体毎に左旋回をするか右旋回をするか決まっている。手ではないが機能の左右非対称があり、個体毎に安定している。ヒトの利き手に興味が持たれるのは、単に手の使い方に左右非対称性があるからではなく、大脳半球の左右機能差の外からみることができる現象のひとつとして利き手があるからであろう。この点で、サルの大脳には左右の機能差はあるだろうか。まず、アカゲザルやニホンザルなど実験によく使われるマカカ属のサルでは形態レベルの差はほとんどない。左右の機能差についても現在までのところ信頼できる証拠はない。マカカ属のサルよりも大型で地上性のヒヒの脳はやや大型で左右の形態差があるという報告はあるが、左右脳半球の機能差についてのデータはない。チンパンジーについては、脳の形態のレベルでは左右差の報告があり、ヒトの聴覚性言語野に相当する左の側頭平面が右よりも大きいというデータも出されている。しかし、こうした形態的な左右差が機能的な左右差に結びつくかどうかは明らかではない。

図1 チンパンジーの左右の側頭平面(PT: Planum Temporale )。側頭平面は、ヒトの聴覚性言語野の領域に相当する。外側溝(SF)を開いて側頭平面が見えるように撮影した写真。(Gannon, P. J., Holloway, R. L., Broadfield, D. C., Braun, A. R. (1998) Asymmetry of chimpanzee Planum Temporale: Humanlike pattern of Wernicke's brain language area homolog. Science, 279, 220-222.)

図2 チンパンジーの左右の側頭平面( Planum Temporale )の形。Gannonらは、大部分のチンパンジーの脳で、左の側頭平面が右よりも大きいと報告した。(同右.)


文献:

伊谷純一郎、ニホンザルのパーソナリティー、遺伝、11、29-33、1957

MacNeilage PF, Studdert-Kennedy MG, Lindblom B, Primate handedness reconsidered, Beh. Brain Sci. 10, 247-303, 1987.

Gannon, P. J., Holloway, R. L., Broadfield, D. C., Braun, A. R. (1998) Asymmetry of chimpanzee Planum Temporale: Humanlike pattern of Wernicke's brain language area homolog. Science, 279, 220-222.


(「サルにも利き手はありますか」、Clinical Neuroscience、23巻、3号、2005年執筆を改変)


関連項目:左脳優位は本当か?


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(このページに関する連絡先:三上章允)