脳の中のこびと(ホムンクルス)

 1.パラケルススのホムンクルス

 ヨーロッパには、ラテン語で小さな人を意味するホムンクルス(Homunculus)が、精子や耳の中にいて発生や感覚をつかさどるいう逸話があった。スイスに生まれたパラケルスス(Paracelsus、本名Theophrastus Philippus Aureolus Bombastus Von Hohenheim、1493-1541)は、イタリアのフェラーラ大学医学部を卒業し、その後、スイスのバーゼル大学医学部教授に就任した。しかし、キリスト教を批判したため追放され、その後、完全な生命を生み出すことを目指し錬金術師となった。 彼は、ホムンクルスを作り出したと主張している。その製法は「精液を蒸留器の中に40日間密封すると、人間の形に似たものがあらわれる。さらに人間の血で40週間与え、ウマの胎内に等しい温度に保つとホムンクルスになる。」という奇妙なものであった。

2. ペンフィールドのホムンクルス

 カナダの脳外科医ペンフィールドはてんかん患者の手術部位の決定に際し、ヒトの大脳皮質を電気刺激し、運動野や体性感覚野と体部位との対応関係をまとめた。図1は、ペンフィールドとボルドレイが彼らのデータに基づいて描いた「こびと」(ホムンクルス)である。この図では、ホムンクルスの体の各部分の大きさは、大脳皮質運動野の相当領域の面積に対応するように描かれている。その結果、体の形は相当ゆがんでいる。例えば、親指は大きく長く、顔や舌も異常に大きい。ペンフィールドのホムンクルスの特徴のひとつは、図1に見るように、体の表面積と脳の対応部分の面積が1対1に対応していないという点である。もうひとつは、体の隣接する部分が、大脳皮質表面でも隣接するように規則的に配列している点である。後者の点を示しているのは図2である。中心溝をはさんで両側にある一次運動野と一次体性感覚野は、溝をはさんで対称に配列しており、体の下の部分は内側に、体の上の部分は外側になるように配列している。このような体に各部位の大脳皮質表面での規則的配列を体部位局在と呼んでいる。また、体の左半分は右の大脳皮質に、体の右半分は左の大脳皮質に対応部分を持つ。従って運動のシステムも感覚のシステムと同じように対側支配の原則に従うことになる。もちろん体の表面は3次元的であり、大脳皮質の表面は2次元的な広がりなので、完全な連続配列にはなっていない。


 図1 ペンフィールドとボルドレイが描いたホムンクルス。体の大きさは運動野の相当領域の広さに対応して大きさを変えてある。(Penfield and Boldrey, 1937より改変)


図2 ヒトの一次運動野における体部位局在の地図。左が内側、右側が外側に対応する 中心溝の前方にある一次運動野と中心溝の後方にある一次体性感覚野はほぼ同じ体部位局在を持つ。(Rasmussen and Penfield, 1947より改変) 


3.外の世界の要素を大脳皮質表面に展開する

 ペンフィールドのホムンクルスの特徴のひとつは、外の世界に対応した規則的配列であった。一次体性感覚野も図2で見た一次運動野と同様に体の表面の位置関係が大脳皮質表面に展開していた。第一次視覚野では、網膜上の位置関係が大脳皮質表面に投影されている。その点で体性感覚と同じである。視覚系で特殊な点のひとつは、左目も右目も、左右両方の視野を見ている点である。一方、左の大脳皮質は右の視野に、右の大脳皮質は左の視野に対応するので、左の大脳皮質も右の大脳皮質も左右両方の目から情報を受け取っている。左右の目からの情報は大脳皮質の表面では約0.4ミリの間隔で交互に配列する。この配列の特徴は大脳皮質の表面に垂直に存在するため、眼球優位コラムと呼ばれている。

 一次聴覚野の場合、大脳皮質表面における配列は音の周波数である。周波数は外の世界の空間的位置関係ではない。聴覚の受容器官のレベルでは、蝸牛の基底膜に並んでいる有毛細胞が2次元的に配列しており、その位置は検出する音の周波数に対応している。従って、聴覚系における大脳皮質の配列は外の音の位置関係ではなく感覚器官の配列の対応している。


4.大脳皮質表面の地図はゆがんでいる

 ペンフィールドのホムンクルスのもうひとつの特徴は外の世界がゆがんで投影されている点であった。この点で、視覚野の配列も外の世界を常に1対1で反映するものではない。視野の中心は、大脳皮質の比較的広い領域に対応し、視野の周辺は、大脳皮質の比較的狭い領域で扱われる。図4は、「脳の世界」の中にある「コラムのはなし」の図1にある大脳皮質表面の眼球優位コラム(図3)を網膜上に展開したものである。眼球優位コラムの幅は、大脳皮質表面では視野の中心と周辺で大きな差はないが、網膜上に展開すると視野の中心付近では非常に細かく、視野の周辺付近では非常に粗くなっている。視野の中心付近の細い線も、視野の周辺付近の太い線も大脳皮質表面ではほぼ同じ面積に対応するので、視野の中心付近が大脳皮質表面では拡大していることが分かる。第一次視覚野には外の世界に対応した規則的な配列がある。従って、そこに特殊なフィルムをおけば外の世界を映しだすことができるはずである。しかし、その像は中心付近が異常に拡大したゆがんだ像になる。



図3 第一次視覚野の眼球優位コラム(LeVayら, 1985より改変)


図4 眼球優位コラムの網膜展開図(LeVayら, 1985より改変)


5.多重の地図がある

 外の世界が大脳皮質表面上に投影された地図は、それぞれの感覚系に1つずつあるのではなく複数存在する。上述のページ「視覚野はいくつある」で紹介したように、サルの後頭葉には多くの視覚野がある。第一次視覚野(V1)の隣には、第二次視覚野(V2)、第三次視覚野(V3)が続いている。これらの視覚野も網膜上の位置に対応した規則的な配列を持ち、V1では、さらに視野の上が脳表面の下に、視野の下が脳表面の上に視野の中心がV2との境界付近になるように、視野は大脳皮質表面上に規則正しくマップされている。イギリスのゼキ(Zeki, S)は、V1でみられたものと同様の規則的な配列を、V1とそれより前方の視覚野との一対一のつながりを追いかけることによって調べた。V1とV2の間では、左右の視野を分ける縦の中心線で鏡映像となるように、V2とV3の間では、上下の視野を分ける横方向の水平線で鏡映像となるように視野が展開している。後頭葉には、さらに、V3A野、第四次視覚野(V4)、第五次視覚野(V5、または、MT野)があり、頭頂葉や側頭葉にも視覚野がある。後頭葉のすべての視覚野と頭頂葉や側頭葉の視覚野の一部は網膜上の位置に対応した規則的配列を持つ。

 体性感覚野や聴覚野も多重の地図があることが知られている。さらに運動野にも多重の地図がある。フェレマンとヴァンネッセンによれば、アカゲザルの大脳皮質の視覚野の数は、後頭葉に9個、側頭葉に11個、頭頂葉に10個、前頭葉に2個、合計32個である(FellemanとVan Essen、1991)。同様に、体性感覚野7個、聴覚野5個を区別している。また、脳機能イメージングの手法を用いた研究から、ヒトもサル同様多重の視覚野を持っていることが知られている(Tootel and Hamilton, 1989)。

6.脳のホムンクルスは何を見る

 脳のホムンクルスの投げかける問題のもうひとつは冒頭に紹介した「感覚をつかさどるこびと」である。脳が感覚し、判断することができるのは脳の中に「こびと」がいるからであるという見方である。もちろん、現在では本当に頭の中の「こびと」がいると考える人はいないであろうが、「意識の中枢」なるものがあって脳のどこかの領域をモニターすると考えれば同じことである。もし、脳の中に「こびと」がいたとして、大脳皮質の映し出される世界を見るとき、その「こびと」は沢山ある視覚野のうちどの視覚野を見たら良いのだろうか? また、ゆがんだ像からどうして正しい判断ができるのだろうか?

 この問題に答える手がかりとなる事例のひとつは、ブラインド・サイト(Blind Sight)である。大脳皮質における視覚情報処理の最初のステップである第一次視覚野が損傷を受けると、「盲目」になる。しかし、そうした患者さんの前に光を呈示して、その光が見えたときにレバーを押す課題をテストすると、光の検出ができる。特に、早いスピードで動く刺激では正答率が良い。こうした症例では、「見える」という意識はないけれども「見えて」いるのである。「盲目の視覚(Blind Sight)」と呼ばれる症状である。

 もうひとつの例は、この「脳の世界」の中でも紹介している逆転メガネへの適応である。逆転メガネやBlind Sightの例では、視覚情報が意識に登るためには、第一次視覚野の活動が必要なことを示している。盲目のヒトが点字を読むときに第一次視覚野が活動するという機能MRIのデータもこの考えを支持している。これらのデータの可能な解釈のひとつは、脳の中の「こびと」が第一次視覚野を見るということかもしれない。一方、多くの視覚野の線維連絡と、細胞の活動様式を調べた研究のこれまでの成果によれば、多くの視覚野は階層的にしかも双方向的に連絡しており、その活動は同時的である。また、領野ごとに役割が違っており、例えば、第四次視覚野は色や形の視覚を、第五次視覚野は動きの視覚を扱う。さらに側頭葉には、顔に選択的に反応する細胞があったりする。これらの事実から考えると、外の世界の情報はその中の諸要素を担当する複数の領野によって、双方向性に情報をやりとりしながら同時的に処理されていると見るべきであろう。従って、特定の領野だけで外の世界を映し出していると考えるのはおそらく正しくないであろう。

7.脳は外の世界を正しく捉えることができるか?

 脳は一定の設計思想に基づいて作られた「機械」ではなく、進化の産物である。生まれながらの脳は外の世界を認知する能力を持たず、外の世界との相互作用によってはじめて、脳は情報処理装置としての性能をチューニングする。例えば、視覚システムでは視野の中で隣合う場所が脳内でも隣合うように配線された規則性、左眼と右眼からの情報の規則的分布、さらに方位選択性細胞や色選択性細胞の規則的分布などの規則性を持っている。しかし、その一方で、外の世界を上下・左右の逆さに網膜に映し出す。中継点である外側膝状体では、左右の視野は完全に分離する。また、外の世界は視野中心では細かく、視野周辺では大雑把に投影される。さらに、外の世界はいくつもの視覚野に繰り返しマップされる。こうした歪んだシステムを用いながら、われわれは、日常的に現実の世界と脳の中の世界にギャップを感じない。これは、脳が外界に働きかける過程で、外の世界に矛盾しない世界を脳内に作り上げる能力を持っているからである。言い換えれば、脳の中の「世界」は、脳が環境に働きかけ、環境の中で動きまわり、環境と相互作用する中でつくられるものである。我々の脳のこのような柔軟性により、新しく与えられる環境にも適応できる。逆転メガネの実験はこうした脳の適応力を端的に示していた。

文献:

Felleman DJ, Van Essen DC, Vistributed hierarchical processing in the primate cerebral cortex. Cerebral Cortex, 1, 1-47, 1991

LeVay S, Connolly M, Houde J, Van Essen DC: The complete pattern of ocular dominance stripes in the striate cortex and visual field of the macaque monkey, J.Neurosci. 5, 486-501, 1985.

Penfield WG, Boldrey E, Somatic motor and sensory representation in the cerebral cortex of man as studied by electrical stimulation, Br4ain 60, 389, 1937.

Rasmussen T, Penfield W, Further studies of sensory and motor cerebral cortex of man, Fed. Proc. 6, 452, 1947.

Sugita, Y., Global plasticity in adult visual cortex following reversal of visual input. Nature, 380, 523-526, 1996

Tootel RB, Hamilton SL, Functional anatomy of second visual area (V2) in macaque, J Neurosci. 9, 3630-3644, 1989

(「ペンフィールドのホムンクルスを考える」、総合臨床、53巻、10号、2004年執筆を改変)


<追加画像:ロンドン自然史博物館、2011.3.27>

ロンドンの自然史博物館にあったホムンクルスの模型
赤が体性感覚野、青は運動野

体性感覚野のホムンクルス
体性感覚野の地図

運動野のホムンクルス
体性感覚野と似ているが微妙に違う。例えば体幹の領域は運動野では非常に小さい
但し、どの程度正確に作られているかは疑問


関連項目:

運動野はいくつある。

体性感覚野の地図。


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(このページに関する連絡先:三上章允)