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まぼろしの腕
 交通事故などで片腕を切断した患者さんの中に失った腕の感覚が長い間残っているケースがかなりある。存在しないのに腕があるように感じるので「まぼろしの腕」=「幻肢」という言葉が使われている。こうした人達のなかには、幻の腕の「麻痺」や異常な「動き」や「痛み」に苦しんでいる人も少なくない。また、失った腕の手の指の地図が上腕に再現されていたり、顔の頬に再現されたりする。たとえば、図1のような場合には、上腕の有る部分を触ると実際には存在しない手に触られた感覚がおこり、上腕の場所によって手の違う場所を触った感覚がある。目の前のコップをつかもうと思うと「まぼろしの手」がコップにのびてコップをつかんだりする。実際に存在しない手に痛みを感じる場合は、痛みを感じている手が存在しないので治療が難しい。

図1 上腕に再現した幻の手
Ramachandran, PNAS, 90,1993より改変

 失った手が顔や上腕に再現されるのは、運動野や体性感覚野の体部位に対応した地図が大脳皮質でどのように配列しているかに関係している。顔や上腕は手のマップと隣接しており、手が失われ、その手の領域からの入力が消失すると、残っている隣接する領域からの情報が入り込む。失われた手の奇妙な再現はこのようにして行われる。この現象はまた、大人になってからも脳が変化できる特徴(可塑性)を持っていることを示している。


 カリフォルニア大学サンディエゴ校のラマチャンドラン教授はこうしたケースで鏡の入った段ボール箱を試した。図2のように鏡を使って正常な手を「幻の手の位置」に映し出す。つぎに、両手で同じ運動をしてもらう。存在しない手の位置に正常な手が映ってるので、まるでそこに手があって動いているように見える。この箱を最初に試したマルティネスは、長年「幻の手の麻痺と痛み」に苦しんでいた。この箱に両腕を入れ、幻の手の位置に映った正常な手が動くのを見た瞬間、失った手が意思通りに動く感覚が鮮明に再現し、失われた手の麻痺は消えたのである。しかし、この感覚は、箱から手を出すとすぐに消えてしまった。この箱を家に持ち帰り毎日練習したところ、「幻の手の麻痺」の感覚は1週間ほどで消えた。さらに驚いたことに、4週間くらい経過したところで「幻の手」そのものが消え、その痛みも消えたのである。

図2 鏡の箱で「幻の手」の位置に映した正常な手
Ramachandran, Rogers-Ramachandran Proc. Royal Soc. London, 263, 1996より改変

<参考文献>

V.S. Ramachandran (1993). Behavioral and magnetoencephalographic correlates of plasticity in the adult human brain. Proceedings of the National Academy of Sciences, USA, 90, 10413-10420.

V.S. Ramachandran and D. Rogers-Ramachandran (1996). Synaesthesia in phantom limbs induced with mirrors. Proceedings of the Royal Society of London, 263, 377-386.

<参考書>

ラマチャンドラン著、山下篤子訳「脳のなかの幽霊」(角川書店、1999)、
(原著:Vilayanur S. Ramachandran “Phantoms in the Brain”)


ラマチャンドラン著、山下篤子訳、「脳のなかの幽霊、ふたたび」(角川書店、2005)、
(原著:Vilayanur S. Ramachandran “The Emerging Mid”)


<関連のページ>

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(このページに関する連絡先:三上章允