手ニューロンの発見


手ニューロン」の発見

 1968年のある日、アメリカのボストン市にあるハーバード大学の心理学研究室で、チャールス・グロス、D.B.ベンダー、C.E.ロカミランダの三人は、麻酔したサルの側頭葉からニューロン活動(神経細胞活動)を記録していた。この当時は第一次視覚野のニューロン活動の特徴が明らかになってきた時期であり、すでに大脳皮質の視覚野のニューロンが線分の傾きに選択性を持つことが良く知られていた。グロスらは側頭葉で視覚刺激に応答する細胞を探すに当たって、視覚野の細胞をテストするのに適した白や黒の長方形の刺激を用意してその傾きをあれこれ変えながらテストしていた。その日記録したニューロンは第一次視覚野のニューロン活動のテストによく使われる長方形の光刺激にはほとんど反応しなかった。そこで、彼らはのうちの一人が、このニューロンに別れを告げて、次のニューロンのテストに移ろうと、スクリーンの前で、「サヨナラ」の手を振った。とたんにこのニューロンは激しく活動した。彼らは、紙をいろいろな形に切り抜いて、そのシルエットをスクリーン上に写しだした。(図1) 12時間近くもの間、いろいろなシルエット図形をテストし、サルやヒトの手の形のシルエットに最もよく反応することが確かめられた。
 図2は、彼の研究室にいた、ロバート・デシモンらが1984年の論文で発表した「手ニューロン」である。手の形が抽象化されるほど、反応は弱まっている。

図1 側頭葉で記録した手細胞を始めて記載した論文の一部。手細胞発見のエピソードと彼らが紙を切り抜いて作ったテスト図形が示されている。(Gross, Rocha-Miranda, Bender, J. Neurophysiology, 35, 96-111, 1972)

図2 現在NIHにいるデシモンらが記録した手細胞(Desimone, Albright, Gross, Bruce, , J. Neuroscience, 4, 2051-2062, 1984より改変)

顔ニューロン」の発見

 グロスはその後、プリンストン大学に移り、側頭葉の研究を続けた。グロスの研究室にやってきたもう一人のチャーリ(チャールス・ブルース)は、側頭葉の中央を前後方向に走る長い溝(上側頭溝)から「顔」を見たときに反応するニューロンを記録した。図3は、彼らが1981年に発表した論文の図の一部である。サルの顔やヒトの顔の絵によく反応し、目のない顔や模式的な顔の絵では反応は弱まる。手や顔の絵の中の要素をバラバラにした絵にはほとんど反応しない。ブルースはその後、アメリカ国立衛生研究所を経てエール大学に移り、「顔ニューロン」の研究をやめてしまった。
 ブルースから少し遅れて、イギリス、オックスフォード大学のエドモンド・ロールズの研究室にいたデイビット・ペレットも、ブルース達と同じ上側頭溝から「顔ニューロン」を記録した。ペレットはその後、スコットランドのセント・アンドリュース大学へ移ったが、ロールズとペレットは、それぞれ独立に、現在も「顔ニューロン」の研究を続けている。
 1986年以来、私は数回に渡って、ペレットと上側頭溝のニューロン活動について討論した。彼によれば、顔に反応するニューロンのほかに、紙を引き裂いたときにのみ活動するニューロンや、毛皮を手でなぜたときにのみ活動するニューロン、人が部屋の中を決まった方向に歩いたときにのみ活動するニューロンなど、様々な奇妙なニューロンが上側頭溝から記録できるという。

図3 ブルースらが記録した顔に良く反応する細胞の例(Bruce, Desimone, Gross, J. Neurophsiology, 46, 369-384, 1981 より改変)。眼を取り除いた顔の画像や漫画のような顔への反応は弱い。


「機能局在」の項目に述べたように、脳の機能は一様ではなく、場所によって異なった役割分担をしている。しかし、大脳におけるおおまかな機能局在を認めるにしても、機能局在の考え方を単一ニューロンのレベルまで進めてよいかどうかという点になると、われわれはまだ結論に到達していない。ここで紹介したデータを発表した、グロス、ブルース、デシモン、ロールズ、ペレットらが単一ニューロン仮説を唱えたわけではないが、単一ニューロン仮説に都合のよいデータではある。

 単一ニューロンのレベルで機能が局在する仮説を、「認識ニューロン」仮説、あるいは、「おばあさん細胞」仮説と呼ばれている。脳には、「おばあさん」を認識する機能を持つ「おばあさん細胞」があるという考え方である。認知心理学関係の一部の研究者は、「おばあさん細胞」仮説とは呼ばず、「黄色いフォルクスワーゲン細胞」仮説と呼んでいる。分野が変わって呼び名が違っても、意味するところは同じである。

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(このページに関する連絡先:三上章允)