線の傾きを検出する細胞


ヒューベル、ウィーゼルによる線の傾きに反応する細胞の発見

 アメリカのボストン市にある名門校ハーバード大学医学部生理学教室のヒューベルとウィーゼルは、線分の傾きに反応するするニューロンを第一次視覚野で、はじめて見つけた。そのときのことを、ヒューベルは、1988年に出版した「脳、視覚、記憶」の中で、次のように述べている。

 「1958年のある日、私とトーステン・ウィーゼルは、ネコの大脳皮質視覚野からニューロンの電気活動を記録していた。この頃すでに、視覚情報の伝達する経路上にある網膜神経節細胞と外側膝状体のニューロンは、同心円状の小さな受容野を持つことが知られていた。私たちは、大脳皮質視覚野のニューロンも同じ様な受容野を持つだろうと考えて、小さな明るい円形の光刺激や黒い円形の刺激をスライド・プロジェクターでスクリーン上に映し出していた。大脳皮質視覚野の中層(第四層)のニューロンは確かに、小さな円形の刺激に反応し活発に活動した。しかし、その深さよりも上や下の層のニューロンは、小さな円形の刺激には弱い応答か不安定な応答しか示さなかった。この日は、動物と電極の状態がことのほかよく、9時間ものあいだ一個のニューロンに様々な光刺激を見せてテストすることができた。そのニューロンは、黒い円形の刺激パターンの入ったスライド・プロジェクターを手に持ってスクリーンの前で動かしていたときに反応するのだが、どうも黒い円形の刺激そのものに反応しているのではないらしい。
 そのニューロンの記録を開始してから5時間近く経過したとき、私たちはようやく、何がそのニューロンを活動させているかに気付いた。私たちは、顕微鏡用のスライドグラスの上に小さな黒い円形の紙を糊で張り付け、それをスライドプロジェクターに入れることによって、黒い円形の刺激をスクリーン上に映し出していた。ニューロンはスライドグラスの辺縁が作り出す薄い線状の陰に反応していたのである。」

第一次視覚野で線の傾きに反応する3種類の細胞

 こうして、大脳皮質視覚野のニューロンが、細長い隙間や、棒や、辺縁の形をした光刺激に反応することが明らかになったのである。彼らは、線分に反応するニューロンを3つに分類した。
 単純型細胞は光がついたときに反応するONの受容野と、光が消えたときに反応するOFFの受容野を持つ。複雑型細胞は、受容野の全ての場所でON反応とOFF反応を示す。超複雑型細胞は、複雑型細胞と同様の性質のほかに、線分が長くなると反応しなくなる性質を持つ。これら3種類のニューロンは、ニューロンごとに好みの傾きを持っており、線分や辺縁の傾きがそのニューロンの好みの傾きからずれると反応しなくなった。下の図は、彼らが1968年に発表した論文に載せたものである。このニューロンは、45度の傾きの長方形が左下から右上に動いたときに最も強く反応した。

図1 サルの第一次視覚野から記録した傾きに選択性を持つ細胞。Dの条件で最も良く反応している。破線の四角はこの細胞の受容野。この細胞は傾きの選択性(方位選択性)のほか、動きの方向にも選択性を示している。斜め上方向の動きでは活動するが、斜め下方向の動きではほとんど活動しない。(Hubel & Wiesel, J. Physiol. 195, 215,-243, 1968)

 線分の傾きに反応するニューロンの発見は、第一次視覚野の研究の夜明けであった。彼らの発見の後、多くの研究者が、第一次視覚野の研究に携わり、この分野の研究を神経生理学の中で最も進んだ領域のひとつとした。ヒューベルとウィーゼルは、この功績により、1981年ノーベル医学・生理学賞を授与された。

 彼らの偶然に起きた予想外の現象を見逃さない注意深い観察が、第一次視覚野における新しい特徴抽出細胞の発見とノーベル賞受賞につながった。


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(このページに関する連絡先:三上章允)