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電気刺激で動きの方向判断が変わる

 視覚野はいくつあるで述べたように、後頭葉には多くの視覚野がある。視覚情報は目から途中の中継各である外側膝状体を介して第1次視覚野(V1)へ送られる。V1は大脳皮質の一番後ろにあり、ここからさらに、その前方の領域に送られる。後頭葉でV1より前の領域は視覚前野と呼ばれ、ここにはV2、V3、V3A、V4、V5(またはMT)などの視覚野がある。

 MT野は後頭葉と頭頂葉の間にある上側頭溝という溝の後壁にある(図1参照)。大きさ数ミリ平方の小さな視覚野である。この視覚野が他の視覚野との結合様式や髄鞘染色により組織学的に同定された後、まず、「記録」実験が行われた。MT野の神経細胞のほとんどは動く視覚刺激に強く反応し、しかも細胞ごとによく反応する動きの方向が決まっていた。

図1 MT野(第5次視覚野、V5)

 また、MT野の細胞は、「静止画で動きを見る」で紹介したように仮現運動(映画やテレビのように静止した画像を短い時間間隔で少しずらして呈示すると、滑らかに動いて見える現象)、複数の視覚刺激が重なって構成されるパターン運動などの刺激条件でヒトの知覚と類似した振る舞いをした(2)。さらに、図2に示すように、ランダム・ドットの1部が一定方向に残りがランダムに動くコヒーレント・モーション刺激の条件では、記録中の細胞の好みの方向に動いているとサルが判断すると細胞活動が増加し、サルが反対方向と判断するときは細胞活動は増加しなかった。

 これらの記録実験から、MT野が運動視覚に重要な役割を演じてであろうことが推測される。そこで「破壊」実験が試みられた。MT野が運動視覚に重要なら、MT野が無くなれば「動き」が見えなくなるだろうと言うわけである。最初は、MT野を外科的に切除する実験が行われた。1年以上に渡って運動視覚のテストが繰り返されたが、「脱落症状」は検出できなかった。外科的な手術の後には、1ー2週間の回復期間が必要である。行動のテストは通常この回復期間の後で行われる。この期間に「脱落症状」も消失した可能性がある。そこで、「動きが見えなくなる」で紹介したように、薬物注入による局所破壊を試みた。薬物注入の場合は注入直後に行動テストが可能である。神経毒であるイボテン酸をMT野に微量注入しすると、「動き」だけが見えなくなった。また、この「症状」は1週間で完全に消失した(4)。後に行われた実験で、この回復過程には残されたMT野の領域が関与していることが判った。

 最後にMT野の「刺激」実験が試みられた。記録実験からMT野には視野の位置に対応した規則的なマップの他に同じ方向の動き好む細胞が大脳皮質表面と垂直方向に集まっている規則的配列があることが知られている。そこでMT野に強さ10マイクロ・アンペアの電気刺激を加えれば、ある方向を好む細胞の集団を強制的に活動させることができる。図2に示したコヒーレント・モーション刺激の条件で電気刺激を行うと動きの方向の判断は刺激された細胞集団の好みの方向へとシフトした(6)。

図2 コヒーレントモーション刺激

MT野の電気刺激の実験条件と結果。A:すべての光点がランダムな方向に動く条件。B:50%の光点は一定方向に残りの光点はランダムに動く条件。C:すべての光点が一定方向に動く条件。(Salzman, Britten and Newsome, 1990)

 最後にMT野の「刺激」実験が試みられた。記録実験からMT野には視野の位置に対応した規則的なマップの他に同じ方向の動き好む細胞が大脳皮質表面と垂直方向に集まっている規則的配列があることが知られている。そこでMT野に強さ10マイクロ・アンペアの電気刺激を加えれば、ある方向を好む細胞の集団を強制的に活動させることができる。図2に示したコヒーレント・モーション刺激の条件で電気刺激を行うと動きの方向の判断は刺激された細胞集団の好みの方向へとシフトした。


図3 電気刺激による動きの方向の判断にシフト

 MT野の電気刺激による運動方向判断のシフト。白丸が電気刺激前、黒丸が電気刺激後の方向判断。刺激条件は図2に示したコヒーレント・モーション刺激。横軸はコヒーレントモーションのコヒーレンス(一定方向に動いているドットの%)を示す。プラスは刺激点の細胞集団が活動する方向、マイナスはその反対方向。ゼロは全てのドットがランダムに動いていることを示す。aとbは異なる2カ所の刺激点でのデータ。電気刺激の条件(●)でデータが上へシフトしている。これは、動きの方向の判断が、電気刺激した小領域の細胞集団の活動する方向にシフトしたことを示す。(Salzman, Britten and Newsome, 1990)

 MT野についての一連の研究では、エバーツやワーツが開発した学習課題遂行中の記録をコアに、破壊、刺激の手法が連携することによって、MT野が視覚刺激の運動方向の判断に決定的な役割を演じていることを示した。しかし、これらの結果は、MT野が選択行動の意志決定を行っていることを必ずしも意味しない。この課題では動きの方向の判断結果にもとづいて視線をどちらに向けるかを選択する。MT野における「知覚」はこの行動選択の基礎になってはいても、行動選択そのものはMT野以降の情報処理のシステムで行われている可能性が高い。MT野の細胞活動は選択される行動と関連して変化していても、その活動レベルは刺激の物理条件に依存しており、行動選択による変化はその一部にすぎないからである。

 もちろん、眼球運動そのものをコントロールする領域では選択した行動に依存した細胞活動が存在する。例えば、右に眼球運動をしたときに活動し、左に眼球運動するときには活動しない細胞が存在する。「知覚」情報、上記の実験の場合は運動方向の情報は直接これらの運動領野に送られ行動選択が行われるのだろうか、あるいは、感覚と運動の間に決断の領域があるのだろうか? 

 この問題を解く鍵を求めて、研究はその後、運動方向決定に関与する頭頂連合野、前頭連合野の役割の研究へと展開している。一連の研究では、眼球運動の発現に関与する大脳皮質の領域である頭頂連合野のLIP野と、前頭連合野の前頭眼野には視覚情報と眼球運動の両方を反映した細胞があり、前頭眼野では電気刺激により引き起こされる眼球運動の方向が視覚的に見た運動情報の強さにより変化することが分かっている(1, 8)。これらのデータは、感覚と運動の間に決断を行う特別の脳領域はなく、運動に関与する領域が感覚の領域と連携して決断を行っていることを示唆している。この結論は、私の研究室と浜松ホトニクス中央研究所が共同で取り組んだコヒーレント・モーション条件を使ったPET計測の結果とも一致している(3)。


<参考文献>

1. Gold, J. I. and Shadlen, M. N. Representation of a perceptual decision in developing oculomotor commands. Nature 404, 390-394, 2000.

2. Mikami, A., Newsome, W. T. and Wurtz, R. H. Motion selectivity in macaque visual cortex: I. Mechanisms of direction and speed selectivity in extrastriate area MT. J. Neurophysiol. 55: 1308-1327, 1986.

3. Mikami, A., Ando, I., Inoue, M., Tsukada, H., DeAngelis, G.C., Miezin, F.M., Newsome, W.T. and Petersen, S. E. PET assesment of brain activation in maqaque monkeys performing a visual direction discrimination task. Neurosci. Abst. 23, 458, 1997.

4. Newsome, W. T., Wurtz, R. H., Dursteler, M. R. and Mikami, A. (1985a) Deficits in visual motion processing following ibotenic acid lesions of extrastriate area MT of the macaque monkey. J. Neurosci. 5: 825-840, 1985.

5. Newsome, W. T., Britten, K. H. and Movshon J. A. Neuronal correlates of a perceptual decision. Nature, 341, 52-54, 1989.

6. Salzman, C. D., Britten, K. H. and Newsome, W. T. Cortical microstimulation influences perceptual judgements of motion direction. Nature, 346, 174-177, 1990.

7. Saruwatari, M., Inoue, M. and Mikami, A., Enhancement of neuronal activities in macaque V4 during visual search task. SFN Abst. 2002.

8. Shadlen, M. N. and Newsome, W. T. Neural basis of a perceptual decision in the parietal cortex (area LIP) of the rehsus monkey. J. Neurophysiol. 86, 1916-1936, 2001.

<関連のページ>

動きがみえなくなる。


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(このページに関する連絡先:三上章允)