静止画で「動き」を見る


1.仮現運動

 私たちはテレビや映画で「動画」を楽しむことができます。しかし、テレビや映画で見る「動く」映像は、実際はたくさんの静止画像の集まりです。「動画」は、対象物の位置が画像内で少しずつずれている静止画像を連続して多数見ることによって作られています。昭和20年代、30年代の雑誌の付録についてきた「ぱらぱらマンガ」と同じ原理です。最近ではこの「ぱらぱらマンガ」をまねた画像をテレビで見せる番組もあります。

 通常のテレビでは1秒間に30枚の画像を描いています。1枚の画像は512本の水平線(走査線)に分割されていて、1/60秒で1本おきに256本の走査線を描きます。つぎの1/60で残りの走査線を描きます。インターレースという手法です。1/30秒間隔で描かれる画像のずれの大きさがある程度の範囲に収まっていると「動く」画像として楽しむことができます。コンピュータのディスプレーも昔はインターレースのものがありましたが、最近の製品はすべて端から順に描くノンインターレースの方式です。普通、1秒間に60ー75枚程度の画像を表示する性能を持っています。

 このように、位置の少しずれた静止画像を連続して呈示して動きが見える現象を仮現運動と呼んでいます。動く視覚刺激に反応する第5次視覚野(MT野)の細胞に仮現運動刺激を見せると呈示条件が適当であれば本当に動いている刺激を見せたときと同様の応答を示します。

2.仮現運動を用いた実験:第5次視覚野はより速いスピードの動きに反応する

 第5次視覚野(MT野)は、動きの視覚の領野です。第5次視覚野の神経細胞(ニューロン)の殆どは視覚刺激の動きの方向やスピードに選択性を示します。一方、第1次視覚野(V1)の細胞もその一部は視覚刺激の動きの方向やスピードに選択性を示します。動きの方向やスピードに対する選択性の幅(チューニング)を第1次視覚野と第5次視覚野で比較すると余り差がありません。従って、方向やスピードの違いの検出精度については2つの視覚野で差がないことになります。

 第1次視覚野の神経細胞も第5次視覚野の神経細胞も、仮現運動刺激によく反応します。図1のように静止した長方形の視覚刺激を少しずつ位置をずらしながら繰り返し呈示すると、呈示の空間間隔(Δx)と時間間隔(Δt)が適当な条件で仮現運動が生じ滑らかな運動が見えます。この図のような視覚刺激条件で、神経細胞が方向選択的反応を示すΔxとΔtの最大値を求めた実験の結果を図に示します。この実験では、同じ動物を用い、同じ視覚刺激条件で第1次視覚野と第5次視覚野の神経細胞活動を比較しています。図2のように、Δxの最大値は調べた神経細胞の受容野の位置が視野の中心から離れるに従って増加します。しかも、第5次視覚野の方が第1次視覚野よりも常に大きくなっています。視覚野では一般に、個々の神経細胞の受容野のサイズは、情報処理のステップが進むに従って大きくなります。第5次視覚野でも視覚受容野のサイズは第1次視覚野よりも大きくなっています。図3のように受容野のサイズとΔxの最大値の関係を見ると、よく相関しており、大きなΔxは大きな受容野によって実現していることが分かります。一方、図4のようにΔtの最大値は受容野が視野の中心から離れても変わらず、第5次視覚野と第1次視覚野の間でも差がありません。スピードの選択性を調べると、第5次視覚野の神経細胞がより速いスピードに反応し、この特徴がΔxの最大値が大きいことと関連していることが分かります。このように両視覚野のニューロンの時間特性には差がありませんが、空間特性には差があります。言い換えれば、第5次視覚野は第1次視覚野よりも大きな受容野を持っており、従って、空間的により広い領域から情報を集めることにより、より速いスピードの動きの情報を抽出できる特性を持っているのです。スピードはdx/dtですから、dt一定でdxが大きくなればスピードが上がる原理です。この結果は仮現運動刺激を用いた実験によって明らかにされたものです。

図2 仮現運動刺激条件で方向選択性を示すことのできる空間間隔(Δx)の最大値。横軸は各神経細胞の受容野の位置を視野の中心からの角度で示した値。Δxの最大値は視野の位置が視野中心から離れるに従って大きくなる。また、Δxの最大値は第1次視覚野よりも第5次視覚野で大きい。 (Mikami, Newsome and Wurtz, 1986)

図1 仮現運動刺激呈示の例。A.点線の円で示したテスト中のMT細胞の受容野を通過するように長方形の視覚刺激を1回に1つずつ呈示位置をΔxずらしΔtの時間間隔で呈示する。ΔxとΔtの条件がある範囲のとき長方形はスムーズに動いて見える。B.刺激適時の事件経過。FP:注視点

図4 受容野のサイズとΔxの最大値の関係。第5次視覚野は第1次視覚野よりも大きな受容野を持ち、Δxの最大値も大きい。 (Mikami, Newsome and Wurtz, 1986)

図3 仮現運動刺激条件で方向選択性を示すことのできる時間間隔(Δt)の最大値。横軸は各神経細胞の受容野の位置を視野の中心からの角度で示した値。Δtの最大値は視野の位置によって変わらない。また、Δtの最大値は第1次視覚野と第5次視覚野で差がない。 (Mikami, Newsome and Wurtz, 1986)

付録] 第5次視覚野(V5,またはMT野)について

 第5次視覚野は、後頭葉の最も前方、第一次視覚野から最も遠い位置にある。表面積約 55 mm2 、第1次視覚野の約1/20の小さな領域である。第5次視覚野は、Zekiが第一次視覚野から直接情報を受け取る新しい視覚野として、アカゲザルの上側頭溝という溝の後壁に見つけた。その後、この視覚野のニューロンの大部分は、動く光刺激に反応し、しかも動きの方向に選択性を示すことが明らかになった。一方、このアカゲザルの仕事とは独立に、Allman と Kaasは新世界ザルのヨザルの側頭葉で、視野の半分を完全な形で投影した視覚野を発見した。この場所は、随鞘染色によってまわりよりも濃く染まるために組織学的にもはっきりと区別できた。また、多くのニューロンが動く視覚刺激に反応し、方向選択性を示した。彼らは、ヨザルで発見した新しい視覚野が側頭葉の中央部にあったため、MT野(MiddleTemporal Area)と名づけた。また、Zekiがアカゲザルで発見した上側頭溝後壁の視覚野とヨザルのMT野が相同の場所であると指摘し、アカゲザルでもMT野という名称を用いた。Zekiは、その後この新しい視覚野を第5次視覚野(V5)と名付けたが、MT野の名称の方が先に提案されたこともあって、MT野の名称も頻繁に使われている。


関連文献:

1. Mikami, A., Newsome, W. T. and Wurtz, R. H. Motion selectivity in macaque visual cortex: I. Mechanisms of direction and speed selectivity in extrastriate area MT. J. Neurophysiol. 55: 1308-1327, 1986.

2. Mikami, A., Newsome, W. T. and Wurtz, R. H. Motion selectivity in macaque visual cortex: II. Spatio-temporal range of directional interactions in MT and V1. J. Neurophysiol. 55: 1328-1339, 1986.

3. Zeki, S. M. Representation of central visual fields in prestrate cortex of monkey. Brain Res., 14, 271-291, 1969.


関連ページ:

第5次視覚野を破壊すると「動き」のみ見えなくなる。→ 動きが見えなくなる

第5次視覚野の細胞活動は運動方向の判断とよく合う。→ (準備中)

第5次視覚野を電気刺激すると「動き」の判断が変わる。→ 電気刺激で動きの判断が変わる

多くの視覚野がある。→ 視覚野はいくつある。


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(このページに関する連絡先:三上章允)