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脳の発達には感受性期(臨界期がある


 大脳皮質の第1次視覚野は、同じ性質の細胞が大脳皮質の表面に垂直方向に集まったコラムという構造を持っています。コラム構造のひとつである眼球優位コラムでは、右目、左目からの信号が約0.4ミリの間隔で交互に配列します。ネコの第1次視覚野の眼球優位コラムの形成は、生まれてから3ヶ月の時期に片目を縫合し視覚入力を遮断すると障害されます。第1次視覚野の神経細胞のほとんどが、遮断した側の目の光刺激にほとんど反応しなくなり、開いていた眼の光刺激に反応するようになります。一方、成熟ネコでは片眼の遮閉をいくら長く続けても、眼球優位コロムには変化が起きません。このように生まれてから一定の期間、第1次視覚野の発達に正常な視覚環境が不可欠な時期があります。この時期を、臨界期または感受性期と呼んでいます。

図1 Hubel と Wiesel が行ったネコの方目を閉じた実験の結果を、 Blakemore らがまとめたグラフ。横軸は週齢。縦軸の誘導指数は、開いていた眼球に視覚刺激を与えたときの応答が閉じた眼球に視覚刺激を与えたときの応答よりも強い神経細胞の比率。1.0の場合は全ての細胞が開いていた眼の視覚刺激に強く応答したことを示す。0.5の場合は同率となる。横線は各子ネコで片目を閉じていた期間。山形のカーブの期間が感受性期(臨界期)に相当する。 (Blakemoreら、1976)


 ネコやサルでは、大脳皮質の第1次視覚野ではじめて線の傾きの情報が取り出されます。第1次視覚野の神経細胞は、細胞毎に異なる傾きを見ていて、全体としてあらゆる傾きをカバーしています。傾きを見分ける神経細胞の形成にも正常な視覚環境が必要です。子ネコを出生直後から数ヶ月縦縞模様だけしか見えない環境で飼育すると、横縞に反応する細胞がほとんど無くなります。このような環境で育てたネコは縦棒を見せるとじゃれついてきますが、横棒を見せてもじゃれついてきません。

図2 縦縞模様の環境で育てた子ネコの第一次視覚野には縦方向の線に反応する神経細胞が沢山存在しますが、横方向の線に反応する神経細胞はほとんど存在しません。 (BlakmoreとCooper、1970)


 サルやネコでは動きの方向の情報も第1次視覚野ではじめて抽出されます。動きの方向を見分ける細胞の発達にも感受性期があります。10Hz(1秒間に10回)以下のストロボ環境下では視覚像は静止したとびとびの像としか見えません。ディスコをご存じの方は、ストロボ照明で踊る人々がとびとびの静止映像として見えた経験があるはずです。そうした条件では、動きを知覚することができません。感受性期にストロボ照明を用いて動きの見えない環境を作り子ネコを育てると運動方向に選択的に反応する細胞の形成が悪くなります。

図3 Aは正常な照明条件で育った子ネコで、第1次視覚野の神経細胞の動く視覚刺激に対する反応性指数の分布を示しています。横軸は方向選択性指数(DI)です。DIは、DI=1-(好みと反対方向の動きに対する細胞応答の大きさ)/(好みの方向の動きに対する細胞応答の大きさ)の式で計算しています。DIは、神経細胞の方向識別能力が高いほど1に近づきます。Bはストロボ照明下で育てた子ネコの方向選択性指数です。殆どが0.5以下の低い値になります。この結果は、ストロボ照明で育つと方向識別能力が低下することを意味します。 (Pasternakら、1985)


 色の感覚は、網膜で基本的な処理が行われ、短波長(青)、中波長(緑)、長波長(赤)に分解された後、赤と緑、青と黄の対立色の仕組みが働きます。しかし、実生活では照明条件が様々に変化し、物体からの反射光の物理的性質は大きく変化します。私たちは照明が変わっても物の色をできるだけ正確に捉える必要があります。そうした能力を色の恒常性と呼んでいます。色の恒常性は大脳皮質の働きによって実現しています。その働きの形成にも感受性期があります。コザルを生まれてた直後から単色照明条件で育てると色の恒常性が悪くなります。

図4 左から正常照明、赤単色照明、緑単色照明、青単色照明。単色照明では色はわかりません。


図4 K-N:正常な照明で育った4頭のコザルは黄色の照明でも赤は赤(R)と判断しました。 O-R:単色照明で育った4頭のコザルは黄色の照明では赤を黄色と判断しました。 (Sugita、2004)


 ここまで見てきた能力は視覚の基本的な能力の発達です。こうした能力の場合、ネコやサルでは感受性期は生後数ヶ月です。ヒトの場合は生後2-3年が視覚の基本的な機能の発達に重要な時期と考えられています。例えば、3歳くらいまでの乳幼児期に目の病気にかかり片目に眼帯をして治療にあたると、眼帯をかけた目が弱視になり、その結果、両目を使った立体視の能力が悪くなります。この事実が分かってから、乳幼児の目の病気のときにはできるだけ眼帯をせずに治療する方針がとられています。

 視覚の基本的な能力の感受性期は2-3歳と考えられていますが、高次機能ほどその感受性期は発達の後期になると考えるのが一般的です。絶対音感の形成は3-6歳、聴覚野がピアノの音で良く反応するように変化するのは3-6歳、弦楽器演奏で使用する左手小指の運動領域の拡大は5-10歳、語学の習得は14-17歳くらいまでとの報告があります。極端な事例にアメリカで異常な両親に育てられたジニーの例があります。13歳で救出されるまで、暗闇で音も言葉も聞くことなく育ったジニーはその後の手厚い教育努力にもかかわらず言葉を完全に習得できませんでした。同様の事例で6歳で救出された子供は2年で言葉を完全に習得しました。

 感受性期はシナプスが過剰につくられる時期とかなり重なります。シナプスは生後一定期間過剰に作られ、その後減少して大人のレベルに落ち着きます。シナプスが過剰にできている時期は一次感覚野よりも連合野でやや長い傾向にあります。過剰にできたシナプスが競い合い、勝ち残ったシナプスの経路が大脳皮質の基本的な回路を決めていると考えられています。

図5 ●はヒトの第一次視覚野のシナプス密度の変化。○は第一次視覚野の容量の変化。容量が大人のレベルに達したときシナプス密度はほぼ最大になって、3歳を過ぎるとかなり低下しています。 (Huttenlocher PR et al. NS Letters, 1982)


図6 ●はヒトの前頭連合野のシナプス密度の変化。シナプス密度は10歳近くまで高い値を維持しています。 (Huttenlocher PR. Brain Res., 1979)



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(このページに関する連絡先:三上章允)