「どこ」情報と「なに」情報を扱う視覚野がある


 私たちがものを見るとき、目はカメラやビデオカメラのレンズに相当する水晶体で光を集め、その像をフィルムや感光素子CCDに相当する位置にある網膜に写し出します。網膜には錐体と杆体と呼ばれる光に感じる細胞があって、この細胞が光の信号を、神経細胞が扱う電気信号に変換します。網膜では、一枚の絵は、視野の位置に対応した小部分に分割されます。映し出された画像を鮮明にするために、明るさの違いや色の違いを強調するような処理をおこなわれます。また、光のついたことを示す信号と光が消えたことを示す信号が別々に発生します。網膜がおこなうもう一つの重要なはたらきは、光の存在を知らせる信号と、光の細かな性質を知らせる信号への光情報の分離です。網膜はこのように、単に光信号を電気信号に変換しているだけではなく、大脳皮質がおこなう視覚世界の分析に必要な準備をおこなっています。

 網膜から脳へ信号を送り出す神経細胞は神経節細胞と呼ばれています。神経節細胞には大きな神経節細胞と小さな神経節細胞があります。網膜の大きな神経節細胞は、光が網膜に入ってから神経細胞が活動を開始するまでの開始時間が速く、強い光でも弱い光でもとにかく光があるかないかを脳へ伝えます。この細胞は、光の波長(色)の違いによって反応の大きさを変えません。また、信号を伝える線維(軸索)は太く、そのため信号伝達のスピードも速くなっています。同じ強さの光がつづくときには、この細胞の反応はすぐに弱まってもとの活動レベルにもどり、つぎに現れるかもしれない光刺激に備えています。この大きな神経節細胞からスタートする系はマグノ系と呼ばれています。

 一方、小さな神経節細胞は、光が網膜に入ってから神経細胞が活動を開始するまでの開始時間が遅く、強い光では強い反応、弱い光では弱い反応を示します。この細胞は、細胞ごとに最も強く反応する光の波長(色)が決まっていて、色の違いによって反応したりしなかったりします。また、この細胞の神経線維は細く、そのため信号伝達のスピードは相対的に遅くなっています。同じ強さの光がつづくときには、この細胞は反応しつづけます。小さな神経節細胞からスタートする系はパルボ系と呼ばれています。

 網膜の神経節細胞からの信号は、視床の外側膝状体という場所を中継して大脳皮質の第一次視覚野へと送られます。このとき、網膜の大きな神経節細胞からの信号は、外側膝状体でも大きな細胞の集まっている場所(大細胞層)へ、網膜の小さな神経節細胞からの信号は外側膝状体でも小さな細胞の集まっている場所(小細胞層)へと送られます。外側膝状体では、左の視野からの信号は右の外側膝状体で、右の視野の信号は左の外側膝状体で扱われます。左右の目からの信号は、外側膝状体では完全に分離しているほか、光のついたことを知らせるON情報と光が消えたことを知らせるOFF情報もほぼ分離しています。

 大脳皮質には多くの視覚野があり、外側膝状体からまず情報を受け取るのは大脳の一番後ろにある第一次視覚野です。外側膝状体の大細胞層からの信号は、大脳皮質の第一次視覚野へ送られるとき、外側膝状体の小細胞層からの信号とは別の場所へ送られます。大脳皮質の第一次視覚野、第二次視覚野では、外側膝状体で分離していた情報の混合と、情報の新たな区分けが起こります。線の傾きの方向や、線の長さ、動きの方向、奥行きの情報が新たに抽出されます。このとき、動きや奥行きの情報は主として網膜の大きな神経節細胞にはじまった信号にもとづいており、明るさや色の情報は主として網膜の小さな神経節細胞にはじまった信号にもとづいています。線の傾きの方向や線の長さの情報も主として網膜の小さな神経節細胞にはじまった信号にもとづいています。

 視覚情報は第一次視覚野からその前方にある視覚野へ送られます。そのとき、場所や動きや奥行きに関する信号は、第二次、第三次の視覚野、MT野を経て頭頂連合野へ送られます。この経路は、視覚像の空間的な位置や動き(空間的な位置の変化)の情報、言い換えれば、「どこに」あるいは「どこへ」という視覚情報を扱います。一方、明るさ、色、傾きなどに関する信号は、第二次、第三次、第四次視覚野を経て、側頭連合野へ送られます。この経路は、視覚刺激の色や形の情報、言い換えれば、「なにが」という視覚情報を扱います。このように視覚情報の初期過程では、「どこに」という情報と「なにが」という情報が分かれて処理されます。さらに、前頭連合野では、背側部が頭頂連合野との連絡が多く、この領域は「どこに」という課題で良く活動します。一方、前頭連合野の腹側部は側頭連合野との連絡が多く、この領域は「なにが」という課題で良く活動します。

 「どこ」情報は空間情報、「なに」情報は形態情報であるとされており、空間情報の処理と形態情報の処理は別々に行われているという証拠は機能を調べた生理学的研究でも、解剖学的なつながりを調べた組織学的研究でも得られています。しかし、実際の脳は、空間情報と形態情報を完全に分離して扱っているわけではありません。「どこに」という情報と「なにが」という情報がほぼ独立に扱われながらも、この二つの経路が大脳皮質の信号処理のいろいろなレベルで相互に情報交換していることを示しています。実際、色だけで構成された図形の奥行きや動きは見にくいけれども、全く見えないわけではありません。例えば、MT野を調べた私たちの研究でも、動きの視覚に反応する神経細胞の中には、色の違いによって作られた図形の動きに反応する細胞も一部存在しました。また、先に紹介したマグノ系とパルボ系の情報は頭頂連合野と側頭連合野の両方に送られていることが知られています。私たちが私たちの外の世界を正しくとらえるためには、「どこに」という情報と「なにが」という情報が統合されなければなりません。この統合は、側頭葉や前頭葉で起こっていると考えられています。


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(このページに関する連絡先:三上章允)