ポップアウトはV2で起きる?


著者:Tai Sing Lee, Cindy F. Yang, Richard D. Romero and David Mumford

題名:Neural activity in early visual cortex reflects behavioral experience and higher-order perceptural sliency.

雑誌:Nature Neurosci. 5, 589-597, 2002 (June)

論文の背景

 私たちの目は左右に180度、上下に120度程度の視野をカバーしており、この視野に入るものはすべて網膜上に写し出されています。しかし、日常の生活では、そのすべてを「見て」いるのではなく、必要な対象だけを「見て」います。目に写る沢山の映像の中から必要な情報を選び出し、その対象を正確にとらえるために注意を集中し、より効率的な行動選択を行うために脳は働きます。沢山の視覚情報の中から特定の情報を選び出す課程は、視覚探索と呼ばれ、この過程をテストする課題を視覚探索課題と呼びます。視覚探索課題では、いくつかの妨害刺激がある中で、目標刺激を探します。妨害刺激の中に目標刺激があったり、無かったりする条件で、妨害刺激と目標刺激の種類を変えて目標刺激発見までの反応時間を調べることによって、いくつかの興味深い現象が確認されています。そのひとつにポップアウトという現象があります。

 ポップアウトとは、ある対象が他の対象から非常に目立って、ポップアウトして(「飛び出して」)知覚される現象です。ある組み合わせの妨害刺激と目標刺激を用いると、意識的に探索するまでもなく見ただけで目標刺激がすぐに見つかります。これがポップアウトです。図1を見てください。Aでは目標刺激である左上がりの傾きの緑の長方形がすぐに見つかります。Bでは同じ目標刺激は目立たず、意識的に探す必要があります。Aではポップアウトしたけれども、Bではポップアウトしなかったのです。Aの場合には妨害刺激の数を増やしても探索にかかる時間は余り変化しませんが、Bの条件では探索時間は妨害刺激が増えると増加します。また、Aの場合には、目標刺激を教えずに1つだけ異なるものを探せと指示してもほぼ同じ反応時間で発見することができます。

A         

図1 A:ポップアウトする目標刺激

B:ポップアウトしない目標刺激

論文の要旨

 陰影によって立体的にみえる2種類の図形を用い、一方の図形(「妨害刺激」)を多数、他方の図形(「目標刺激」)を一つだけ配置すると、「目標刺激」がポップアウトする。このような刺激条件を用いて、サルの第一次視覚野(V1)と第二次視覚野(V2)の神経細胞活動を記録した。細胞活動を記録中は、サルはスクリーン上の赤い点を見ているだけで特に視覚探索課題は行っていない。従って、ここで「目標刺激」、「妨害刺激」と表記したのは、視覚探索課題を行った場合は目標刺激と妨害刺激になるという意味である。記録中の細胞の受容野(注1)に「目標刺激」が入るとき、視覚刺激に対する応答よりも約50ミリ秒(ミリ秒は1000分の1秒)遅れて「目標刺激」特有の活動が見られた。

 この「目標刺激」特有の活動の大きさは、サルが視覚探索課題を行ったとき、目標刺激をより正確により早く発見する刺激の組み合わせでは大きく、間違いが多く、反応時間が遅くなる刺激の組み合わせでは活動も小さかった。つまり、サルの個体レベルの行動と視覚野の細胞活動の間に相関があった。また、「目標刺激」特有の活動は、視覚探索課題を訓練すると大きくなり、また、特定の刺激セットのみを訓練して、その刺激セットに対する正答率を上げると、同じ刺激セットに対する活動も増加した。一方、同じようなテストを、ポップアウトしない二次元的な図形で行った場合には「目標刺激」特有の活動増加は見られなかった。これらの結果は、ポップアウトの現象にV1やV2が関わっており、また、学習によってV1やV2の細胞活動が変化することを示すものである。

 V1とV2を比較すると、「目標刺激」特有の活動はV2では視覚探索課題の訓練を行う前から見られるのに対し、V1では視覚探索課題の訓練前には殆ど見られず、訓練後明確になった。また、陰影図形に対する視覚応答は、V2では二次元図形に匹敵する大きさであったのに対し、V1では二次元図形の50-70%程度の応答であった。一方、「目標刺激」特有の活動の始まる時間や、どの刺激セットで大きな活動があるかという点についてはV1とV2で差がなかった。

 これらの点は、用いた図形パターンによるポップアウトを引き起こす脳内の仕組みがV2あるいはそれ以降の視覚システムにあり、V1における活動変化は、V2以降の視覚システムから戻される情報によって引き起こされていることを示唆している。この解釈は「目標刺激」特有の活動変化が視覚応答よりも50ミリ秒程度遅れることとも話が合う。別な言い方をすると、初期視覚野(V1やV2)から高次の視覚野(視覚系の連合野)までが同時的に働いている。初期視覚野は小さな受容野を持つことにより高い空間分解能を発揮し、高次の判断にも寄与している。

セミナーで問題となった点

1.訓練前と訓練後に同じ細胞で活動をテストすることができない(技術的限界で実験者の責任ではない)のでやむ終えない面はあるが、15から55の異なる細胞集団の特徴を比較している点でサンプリングのバイアスなどの可能性が完全にクリアできていない。

2.第二次視覚野(V2)の受容野は大きいので、隣の刺激が受容野に入っているのではないか? その証拠に、コントロールとしてテストした「目標刺激」の位置にテストパターンの存在しない条件で、V2では応答が見られている。

3.この実験では、V2でポップアウトの現象が見られたが、刺激のパターン、サイズなどを変えれば結果は異なるのではないか。>>>この点については、V2がポップアウト一般の中枢であるのではなく、V2が寄与できる一定の条件、今回の場合は凹凸といった奥行き方向の情報と刺激のサイズの条件、でV2がポップアウトを担う、別の条件では別の視覚野がポップアウトを担うということで良いのではないかということが議論になった。

注1:視覚野の細胞は視野全体を見ているのではなく、細胞毎に視野の一部を見ている。その細胞が担当する視野の範囲が受容野である。受容野の大きさは目の網膜や、網膜から大脳皮質までの中継点である外側膝状体では小さく、大脳皮質で処理が進むに従って大きくなる。受容野の大きさは、視野の中心付近では小さく、視野の周辺に行くに従って大きくなる。体性感覚(触覚、痛覚、圧覚など)の場合も、細胞毎に体の一部の領域を担当しておりその空間的広がりを受容野と呼ぶ。

図2 Leeらが用いたテストパターン。通常私たちは上から光りがあたっていると見るので、Aでは「目標刺激」が凸に、Bでは「目標刺激」が凹に見える。この刺激セットは、一見しただけで、「目標刺激」が目立っている。

注2:2-4図は、Leeらのテストパターンを説明するために独自に作成したもので、Leeらの用いた刺激と全く同じものではありません。

図3 Leeらが用いた別のテストパターン。通常私たちは上から光りがあたっていると見るので、この刺激は凹凸の印象は図2よりも弱い。そのため、「目標刺激」も図2ほど目立っていない。横から光りがあたっていると見ると凹凸の印象は強くなり、「目標刺激」もひょり目立つ。

図4 Leeらが用いた別のテストパターン(B)。Aは図2と同じ。BはAよりもコントラストが強いにもかかわらず、Aや図3にくらべて「目標刺激」が目立たない。

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(このページに関する連絡先:三上章允)