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これから行う運動を感覚系に知らせる


論文1

著者:Sommer, M. A. and Wurtz, R. H.

題名:What the Brain Stem Tells the Frontal Cortex. I. Oculomotor Signals SentFrom Superior Colliculus to Frontal Eye Field Via Mediodorsal Thalamus.

雑誌:J. Neurophysiol. 91, 1381-1402, 2004 (March)

論文2

著者:Sommer, M. A. and Wurtz, R. H.

題名:What the Brain Stem Tells the Frontal Cortex. II. Role of the SC-MD-FEF Pathway in Corollary Discharge.

雑誌:J. Neurophysiol. 91, 1403-1423, 2004 (March)

論文1および2の背景

 私たち人間や動物は日常的に動きまわっています。動くと回りの環境と自分との関係が変わり、感覚される内容も変化します。例えば、目の前にあるコーヒーカップの位置は目を動かすと、網膜の別の場所に投影され、視覚野の別の場所に送られます。目と頭を動かすときには、その両方の動きにより、網膜に映し出される像が動いてしまいます。日常生活の中で、目や頭を動かしたために網膜の像が動いても、コーヒーカップが動いたと感じません。これは、目や頭を動かしたことを脳はあらかじめ知っていて、網膜の像の動きを脳が取り消しているからです。網膜像の動きは目や頭が動くと同時に発生しますから、目や頭が動いた後で感覚系が動いたという情報を受け取ったのでは間に合いません。そこで、目や頭が動く前に、運動系から感覚系にこれから目や頭をどう動かすかを知らせる情報が送られます。このような神経系の働きに伴う神経細胞活動を随伴発射(Corollary Discharge)と呼んでいます。

  この論文は、このような随伴発射を扱っています。研究の対象として選ばれたのは「注意のスポットの広がり」で紹介した上丘(じょうきゅう)と、上丘と連絡する視床(ししょう)の背内側核(はいないそくかく)、前頭眼野(ぜんとうがんや)です。上丘は大脳の奥(中脳)にあり、視覚情報を目の網膜や視覚野などから受け取り、脳幹にある眼球運動制御の神経核に信号を送り出しています。目をどの方向にどのくらい動かすかの情報は前頭葉にある前頭眼野と呼ばれる領域から受け取ります。前頭眼野は、視覚情報を受け取り、視線を向ける目標を選択するプロセスに関与します。前頭眼野に弱い電流を流すと目が動きます。一方、視床の背内側核は、上丘からこれからどんな眼球運動するかという情報を受け取り前頭眼野へもどします。視床は、大脳と中脳の間にある間脳にあり、大脳皮質と中脳以下の神経組織、大脳皮質ー大脳皮質間の中継点の役割を果たしています。

論文1の要旨

 サルが行った遅延急速眼球運動課題(Delayed Saccade Task)を図1に模式的に示します。一般には記憶課題(Mem.)では、SC(上丘)、MD(視床の背内側核)、FEF(前頭眼野)のいずれにも視覚刺激呈示期間、記憶期間、眼球運動前後で活動する細胞があることが知られています。一方この論文1では、こうした細胞の中で、図2、図3、図4に示した方法で、SCから情報を受けFEFに投射するMDの細胞、MDに情報を送るSCの細胞、SCから情報を受け取るFEFの細胞を同定して、この神経回路のつがなりに含まれる細胞に限定して分析をおこなっています。遅延急速眼球運動課題遂行中のこれらの細胞の応答様式を比較した結果、MDの細胞の視覚応答はFEFやSCよりも遅れており、目標刺激の視覚的判断には寄与できないと結論しました。また、MDの細胞は記憶期間にはほとんど活動しないため、SCの記憶期間の活動はMD以降にはほとんど伝わらないと結論しました。これに反して、MDの細胞の眼球運動前後の活動の時間的タイミングはFEF、SCとほぼ同時に起こっており、FEFによる眼球運動制御に貢献している可能性が高いと考えられました。さらに、SCから情報を受け取るMD、およびFEFの細胞はそれぞれほぼ同じ視覚受容野(視野の中で視覚刺激に応答する範囲)と運動受容野(視野の中で視線を向けると細胞が活動する範囲)を共有しており、これから行う急速眼球運動の方向の情報がSCからFEFへと戻されていることが予測されました。以上のデータから、サルが、遅延急速眼球運動課題(Delayed Saccade Task)を行っているとき、SCからMDを介してFEFへもどされるこれから行う眼球運動の情報が、随伴発射(Corollary Discharge)の役割を担っているというのが論文1の結論です。

         

図1 実験に用いた遅延急速眼球運動課題(Delayed Saccade Task):まず、スクリーン中央に注視点(Fix Spot)が現れる。しばらくすると中央から離れた位置に目標刺激(Target)がでる。目標刺激は注視点が消えるまでで続ける場合(Vis.)と0.1秒で消える場合(Mem.)がある。Eye Pos.:目の位置。

        

図2 SC(上丘)から情報を受け取り、FEF(前頭眼野)へ情報を送り出すMD(視床の背内側核)の細胞の同定方法の模式図:サルの脳を左から見た図。FEFとSCには電気刺激のための電極が入れてある(パルスの絵で表示)。MDには細胞活動記録のための電極が入れてある(横向きの△で表示)。SCの細胞の一部のの軸索はMDに送られ、MDの細胞にシナプスを介して連絡する。SCを電気刺激すると、SCから情報を受け取るMDの細胞は活動する。MDの細胞の一部はその軸索をFEFに送る。FEFを電気刺激すると、この軸索の先端が電気刺激され活動電位が発生する。発生した活動電位は、その軸索を逆行性(軸索の先端から細胞体に戻る方向)に伝わってMDにもどり、FEFに投射している細胞を活動させる。この論文では、上の2つの方法で、SCから情報を受け取り、FEFに情報を送り出しているMDの細胞を同定して、この条件に合致する細胞を対象に実験している。

 

        

図3 MD(視床の背内側核)に投射するSC(上丘)の細胞の同定法の模式図:MDを電気刺激するとMDに投射するSC細胞の軸索先端に活動電位が発生し、この活動電位がMDからSCへと逆行性に伝わりSCの細胞を活動させる。

        

図4 SC(上丘)から情報を受け取るFEF(前頭眼野)の細胞の同定方法の模式図:SCを電気刺激すると、MDを介して活動電位がFEFに達し、FEFの細胞を活動させる。

         

図5 この実験の結果のまとめ。A.SC(上丘)からMD(視床の背内側核)に送られる情報は目標刺激の視覚情報(Visual Activity)、目標刺激がどこに出たかを記憶する情報(Delay Activity)、これから急速眼球運動(Saccade)を行うという情報(Presaccadic Activity)である。一方、MDからFEF(前頭眼野)へ送られる情報は、視覚情報とこれから眼球運動を行うという情報である。B.FEFでSCから受け取る視覚情報は、EFEの視覚応答の後に来るのでFEFの視覚応答には直接には役立たない。一方、急速眼球運動の情報は眼球運動前に来るので役立つ。この情報が随伴発射(Corollary Discharge)である。

論文2の要旨

 論文1では、SC(上丘)がMD(視床の背内側核)を介して、こらから行う眼球運動の方向の情報を前頭葉に戻していることが予測されました。論文2では前頭葉に戻される情報をMDに薬物を微量注入することで抑えることによって、MDを介して戻される情報の役割を検証しています。方法の模式図は図6です。使用した薬物は抑制性の伝達物質GABAと同様の働きをするムシモルという薬物です。注入の濃度は、1マイクロ・リッター当たり5マイクロ・グラム(マイクロは100万分の1)、量は1.6から3マイクロ・リッターとごく微量です。使用した課題条件は図7にあります。視線が動く前に2つの目標刺激(T1とT2)を示します。実際に目を動かすときには目標は存在しないので、サルは目標位置の記憶に従って視線を移動します。図8のように、サルは薬を注入前はT1の位置からT2の位置へと速やかに2段階の眼球運動を行います。一方、ムシモル注入の後、2段目の眼球運動の終了位置がずれてきます。このずれは図8では右へ約2度ずれています。この課題を正しく実行するためには、眼球運動前に記憶したT2の位置は、1段目の眼球運動の後修正が必要です。自分が行った1段目の眼球運動が右10度であれば、右10度上10度に見えていたT2の位置は、上10度に変わっているはずです。目を動かすときにはすでに目標は存在しないので、この場合の目標位置の再調整は外からの情報なしに行う必要があります。また、2段目の眼球運動を速やかに行うためには1段目の眼球運動で目が動いたという情報を目を動かす筋肉や視野の位置ずれから受け取っていたのでは間に合いません。そこでは、眼球運動が起こる前に、これから行う眼球運動の情報が使われているはずです。一方、薬物注入を行うと、これから行う眼球運動の情報が正しく前頭葉に伝えられなかったために、眼球運動の後の目標位置の再調整が正しく行われず2段目の眼球運動の到達点にずれが生じたと考えられます。このずれは眼球運動の情報が全くなければ10度になるはずですが、図8では約2度になっています。この結果は、MDを介してもどされる随伴発射(Corollary Discharge)の情報の貢献度が2割程度であることを示唆しています。

         

図6 論文2の方法、MDに特殊な注射針を挿入し、薬物を微量注入しMDの活動を抑える。その結果、眼球運動に及ぼす効果を調べる。

         

図7 2段階急速眼球運動課題()の模式図。左の四角は注視点(Fix)と1段目の目標刺激(T1)と2段目の目標刺激(T2)の位置関係。右の四角はこの条件での1段目(Sac1)と2段目(Sac2)の理想的な視線の動き。一番右の図はこの課題の時間経過を示した模式図。時間は左から右へ進行する。Fix Spot:注視点。Target:2つの目標刺激T1、T2.。EyehとEyev:水平方向と垂直方向の視線の動き。注意すべき点は2つの目標位置は短時間しか呈示されず視線が動く前に消えてしまうこと。

         

図8 A.上の図の黒丸(Fix)は課題の始めの注視点。白丸(T1)は1段階目の目標位置。黄色の丸(T2)は2段階目の目標位置。青の線は、ムシモルをMDに注入する前に2段階急速眼球運動課題を何度も繰り返したときの視線の動きのトレース。下の図のオレンジ色の線はMDにムシモルを注入した後にこの課題を繰り返したときの視線の動きのトレース。B..Aと同じデータの中で2段階の急速眼球運動を正しく行った場合のデータのみを抜き出したトレース。C.Bのデータの平均値。1段目の目標位置に対する急速眼球運動は、実際に目標を呈示した場所よりも上にずれているがこのずれは目を動かすときには目標が存在せず、記憶に基づいているためで、ムシモル注入前と後とで差がない。一方、2段階目の眼球運動は、ムシモル注入後は注入前より優位に右方向にずれている。このずれは、目が動くという情報を正しく受け取れなかったためにスタート点で見た2段目の目標位置の方向(右上)へとずれたものである。このずれの大きさはスタート点で見た値であれば10度ずれるはずであるが、2度程度である。この事実はMDを介してもどされる情報の役割が2割程度であることを示している。

セミナーで問題となった点

 論文2の薬物注入の結果が必ずしも安定しないことが問題になりましたが、全体としては、情報を中継する細胞を注意深く同定し、そこで扱われる情報の特徴を丁寧に分析するとともに、中継される情報が取り除かれたらどうなるかを2段階の眼球運動という巧妙なパラダイムでテストした点でなかなかよい論文であるとの評価でした。

<関連論文>

Sommer MA, Wurtz RH, A pathway in primate brain for internal monitoring of movement. Science 296, 1480-1482, 2002.

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(このページに関する連絡先:三上章允)