注意のスポットのサイズは?


著者:Alla Ignashchenkova, Peter W Dicke, Thomas Haarmeier and Peter Thier

題名:Neuron-specific contribution of the superior colliculus to overt and covert shifts of attention.

雑誌:Nature Neurosci. 7, 56-64, 2004 (Jan)

論文の背景

 私たちの目で一番感度が高いのは視野の中心付近です。そのため、何かをよく見ようとするとき、必ず視野の中心に対象をとらえようとします。視野の中心に対象を置き、細かい模様や色などの特徴をとらえるためには、対象に視線を向ける必要があります。対象物に視線を向けるときに行う目の動きは元の位置から次の位置へジャンプするような急速な動きです。そのため、このとき行う目の動きは、急速眼球運動(サッカード)と呼ばれます。この急速眼球運動のときに働く脳の領域のひとつに上丘(じょうきゅう)があります。上丘は大脳の奥(中脳)にあり、視覚情報を目の網膜や視覚野などから受け取り、脳幹にある眼球運動制御の神経核に信号を送り出しています。上丘を破壊すると眼球運動の精度が落ち、電気刺激すると眼球運動を誘発します。上丘の細胞活動を記録すると、視覚刺激に応答する細胞、眼球運動で活動する細胞のほか、視覚刺激に応答しかつ眼球運動のとき活動する細胞があります。また、視覚刺激に対する応答は、その視覚刺激が眼球運動の対象になるとき、増強されます。

 日常の場面では視野の中には色々なものが見えています。例えば、車を運転しているとき、対向車や歩行者や周りの建物や看板など色々なものが見えています。その中から数十メートル先の信号機を見つけ、その信号の色を見分けてスピードを落とすか、それとも現在のスピードで走り続けるかを判断したりします。このような場面では、まず、何を見ようとするか注意を向ける対象を選びます。見ようとする対象を選ぶときには視線はまだその対象に向いていませんので、視線を向ける前に対象となるかもしれないものの位置や特徴を大ざっぱにとらえ、対象を選択します。つぎに、その対象をさらに詳細に観察するために対象に向かって視線を向けます。こうした一連の行動では、視覚機能と視線を変える眼球運動が深くかかわっています。上丘はこのような場面でも一定の役割を果たしていると考えられています。

論文の要旨

 この論文では、目をどちらに動かすかを指示する手掛かり刺激と、目を動かす目標刺激を空間的に別の場所に呈示しています。この方法によって、視覚的に注意を向ける働きと、対象に視線を向ける働きを分離してテストしようとしています。手掛かり刺激として用いたのは、視力検査のときによく使われるランドルト環です。輪の一部が欠けているCの形です。ランドルト環の切れ目の向きが後で行う眼球運動の方向を指示します。用いた課題は、図1のように、中央の注視点を見ているときに、視野のどこかにランドルト環を呈示し将来の眼球運動の方向を指示します。その後、ランドルト環の切れ目をつなぎ○が呈示されます。○と注視点が消えたとき目標刺激を2つ示し、ランドルト環の示した方向に急速眼球運動を行うと正解とします。さらに、ランドルト環を呈示する位置がどこであるか、試行の最初に予告する条件と予告しない条件をテストしています。著者らは、この条件で上丘から細胞活動を記録し、上丘の役割を調べています。その結果、上丘の中間層にある視覚刺激と急速眼球運動の両方に応答する神経細胞だけが、方向を指示する視覚刺激の位置を予告されるとき、予告しないときに比べて活動が増強しました。予告された空間位置は実際に眼球運動を行う目標位置とは異なっていますので、この活動の増強は視覚刺激が眼球運動の目標になっていることによるものではなく、純粋に視覚的注意によるものであると解釈されました。

        

図1 実験に用いた課題:上はサルが見ているディスプレーの拡大図。中央に赤い注視点、左右に眼球運動の目標となる緑の星印、上に眼球運動の方向を示すランドルト環がある。ランドルト環の切れ目の方向が眼球運動の方向を指示する。左下はランドルト環の出る位置をあらかじめ予告しない試行。右下はランドルト環の出る前にその位置を予告する試行。

 

 この課題のもうひとつの特徴は、ランドルト環のサイズをいろいろ変えることにより、方向を正確に判断できるランドルト環の最小サイズを測定できる点です。この方法を使ってランドルト環の呈示位置をあらかじめ予告したとき、どの程度の空間的な精度で注意を向ける範囲が広がるかを測定しています。図2のaはこのテストに用いた課題です。ランドルト環を予告した後、8割の試行では予告位置にランドルト環が出ますが、残りの2割では予告位置からα度ずれた位置にランドルト環が出ます。予告刺激によって注意を向けた位置と違う位置に出たとき、注意の範囲の外であれば、ランドルト環の切れ目の検出が悪くなるだろうというわけです。その結果は、図2のbのグレーの線で示されています。予告しなかったときの検出閾は水平の破線で示してあります。予告位置とのずれが5度以下で注意の効果はゼロになっています。5度を超えると逆に予告しなかったときに比べ感度が落ちています。彼らはさらに、ランドルト環呈示の方向だけを予告し、中央の注視点からどれくらい離れているかを予告しない条件もテストしています。その結果は図2bの黒い線で描かれています。呈示位置を正確に予告した場合に比較して、注意の範囲は15度程度にまで広がっています。

         

図1 a:ランドルト環の出る位置をあらかじめドットで示すが、20%の試行では、その位置からα度ずれた位置ににランドルト環が出る条件の模式図、b:グレーの線はaで示した条件でランドルト環の切れ目を検出する精度を予告刺激呈示位置とランドルト環の呈示位置とのずれとの関係で示している。黒の線は、予告手掛かりがランドルト環呈示の方向だけを示し位置は正確に示さない場合、

セミナーで問題となった点

 ここでは、詳しく紹介しなかった細胞活動の解析方法などについて若干問題点の指摘がありました。全体としては、注意と眼球運動を分離してテストするために選択したテスト課題はよく工夫されており、なかなかよい論文であるとの評価でした。

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(このページに関する連絡先:三上章允)