サルやヒトは視覚動物

 哺乳類は約2億年前に爬虫類から分かれた。その頃、地球は恐竜の全盛期だった。恐竜は昼間に行動し、視覚に依存した生活をしていたと推定される.一方、哺乳類の祖先である哺乳類様爬虫類は恐竜の時代に出現し、体も小さく大きな爬虫類に太刀打ちできるような力を持っていなかった。そこで彼らは、恐竜達が行動しない夜間に行動することによってかろうじて生き延びていた。夜間行動することによって重要になったのは聴覚と嗅覚である。大きな爬虫類に比べて視覚の比重はこの時期の哺乳類では減少した.哺乳類の聴覚器官は爬虫類にはない構造を獲得した.爬虫類では鐙(あぶみ)骨1つであった耳小骨が,哺乳類では,砧(きぬた)骨と槌(つち)骨を加え3つになった.さらに鼓膜は外耳道の奥に移動し,微妙な音を聴くことが可能になった.夜行生活への適応と聴覚情報処理の発達が初期の哺乳類の大脳皮質の拡大の要因となったと推定される.

カニクイザルの樹間ジャンプ(ビデオ:1.386MB)

 人や猿の祖先であるネズミの仲間達も夜行性で聴覚と嗅覚の発達した動物だった。霊長類への進化の過程でほとんどのサルの仲間達は昼行性の行動をとるようになった。また、ネズミのように地上を這い回るのではなく、木の上で生活するようになった。人や猿が視覚優位になったのは、このように人や猿の祖先が、木に登り、木の上で生活したこと、樹上生活と関係あると考えられている。地上で生活していた頃に比べ、木の上での生活では生活空間が高さ方向にも広がり、3次元となる。木の枝から枝へと移動するためには正確な位置の判断を要求される。自然の中にある木の枝は、風で揺れ動き、あるいは動物の重みで揺れ動く。そこで、目で見た動きの正確な判断、将来の位置の予測が要求される。さらに生い茂った葉の間に仲間や獲物や木の実を見つけなければならない。わたしたち人類の祖先と、一部の猿の仲間はやがて再び地上におりて生活をはじめるが、視覚優位の脳はそのまま残された。人はその後音声言語を用いるようになったので、聴覚の重要度は猿よりは増していると推定されるが、それでも聴覚に関連した大脳皮質の領域は側頭葉の上部に限られており、視覚優位の特徴は保たれている。

 人の仲間である霊長類はこうして視覚が良く発達した。ニホンザルと近い関係にあるアカゲザルで調べると、視覚に関連した大脳皮質の領域の総面積は、大脳新皮質全体の約55%にもなる。この面積は、聴覚関連の領域の総面積約3.4%を大きく上まわっている。ニホンザルで学習課題を教えるときも、視覚刺激を手がかりとした学習課題は比較的簡単に教えることができるが、聴覚刺激を手がかりとした学習課題を教えるのはなかなかほねがおれる。これとは逆に、ネズミを訓練するときは、聴覚の方が視覚よりも簡単である。

図1 樹上を移動するカニクイザル (インドネシア、ジャワ島、タワンマングーにて、2004.年7月)

図2 樹上を移動するカニクイザル (インドネシア、ジャワ島、タワンマングーにて、2004.年7月)

図3 樹上のカニクイザル親子(インドネシア、ジャワ島、タワンマングーにて、2004.年7月)

図4 木を登るベニガオザルの子供達 (タイ、カオ・トーモーにて、2005.年10月)

図5 細い枝を伝って移動するベニガオザルの子供達 (タイ、カオ・トーモーにて、2005.年10月)

図6 空中をジャンプするアカゲザル:この写真のようにサルは優れた運動能力を持ち、体のサイズの何倍もの距離を正確にジャンプする。この写真は霊長類研究所で撮影したもので、スタート点も到着点も固定しているが、上のビデオで見るように自然環境ではスタート点の木の枝も着地点の木の枝も体重でたわみ、風で揺れ動く。運動能力とともに優れた空間知覚が必要となる。

関連事項:マガーク効果

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(このページに関する連絡先:三上章允)