網膜に取り込まれた脳


 脊椎動物だけでなく、無脊椎動物の節足動物や軟体動物も眼を持っており、光を画像として処理し、外の世界の位置関係、その移動、明るさの分布などの特徴をとらえることができる。節足動物である昆虫、カニ、エビなどの眼には複眼と単眼がある。複眼は普通、角膜、硝子体、網膜細胞、視細胞、色素細胞を持つ小さな個眼が多数集まってできている。個眼はそれぞれレンズの働きを持つ角膜によって集光し光のあるなしを検出できるが単独で像をとらえることはできない。個眼が複数集まってはじめて像を見ることができる。単眼は、角膜の下に数十個の光受容細胞が並ぶ。軟体動物であるタコやイカの眼は脊椎動物の眼と同様に、角膜、前房、水晶体、硝子体、網膜という構造を持つ。系統的には脊椎動物との距離の遠いタコやイカに脊椎動物とほぼ同じ構造の眼があるのは興味深い事実である。一方、タコやイカの網膜の細胞はむしろ昆虫に近く、一層の視細胞が並ぶのみである。

 昆虫の複眼では,1つの個眼に光受容細胞である視細胞が7-10個ある.多くの昆虫の視細胞には波長特性の異なる2-4型があり色の検出ができる他,個眼内の微絨毛の配列を用いて偏光を検出する.タコやイカの網膜は昆虫に近く,一層の視細胞が並ぶのみである.しかし,視細胞の数は圧倒的に多く,1平方mmあたり,タコで6.4万個,イカで16.2万個に達する.この高い分解能を用いて,頭足類は図形の識別や記憶課題をこなす.節足動物や頭足類の眼球の後方には視葉がある.視葉では,双極細胞,水平細胞,アマクリン細胞などから成る神経網により情報処理が行われ,光のON,OFF,色,動きなどを検出する.その出力は視神経となってさらに後方の脳神経節へ送られる.

 脊椎動物では、無脊椎動物で眼球の外の視葉にあった双極細胞、アマクリン細胞、水平細胞が網膜にある。脊椎動物における視細胞の層と視葉の細胞層の水晶体に対する位置関係の入れ替わりは、一端外側に突出し更に内側に陥没して二重壁を構成する発生の過程に起こる。その結果、脊椎動物の網膜では、光の受容細胞は光の入射方向から見れば最も遠く網膜の一番奥にあり、その手前に双極細胞、アマクリン細胞、水平細胞、神経節細胞の層が存在する。このため、光は各細胞の間を通って視細胞に到達しなければならない。光情報処理は光の到達方向とは逆方向に網膜の奥の視細胞から網膜表面の神経節細胞へと進み、神経節細胞の軸索が視神経となって視蓋や大脳へと出力を送り出す。

 節足動物から脊椎動物に至る動物の眼が進化の過程で同じ光受容器官にその起源を持つことは光受容の分子機構がほぼ同じであることからも分かる。また、ショウジョウバエで眼のない変異種の遺伝子が、マウスでスモール・アイを引き起こす変異種の遺伝子と類似していることが分かっている。さらに、この遺伝子はヒトで虹彩のできない先天異常(アニリジア)を引き起こす遺伝子と94%相同である。この事実は眼の起源が昆虫と脊椎動物で共通であることを示している。


図1 無脊椎動物の網膜(左図)では、光は上から来るように描いてある。光の来る方向に向かって光の受容細胞である視細胞が配列する。脊椎動物の網膜(右図)では、光は下から来るように描いてある。視細胞は光の来る方向とは逆の一番奥にあり、その手前に、双極細胞(B)、アマクリン細胞(A)、神経節細胞(G)がある。これらの細胞は無脊椎動物では眼の外にあった神経細胞の集団(視葉)が網膜の中に取り込まれた結果、出来上がった構造である。このように脊椎動物の網膜には脳が取り込まれており、網膜で視覚情報処理の最初のステップが進行する。



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(このページに関する連絡先:三上章允)