神経細胞は電気を使って情報伝達する


 現代文明は、電気信号を用いて通信し、電気信号を用いて情報処理を行っています。しかし、人類が、電気を用いて通信するようになったのは、それほど昔のことではありません。一方、神経は、何億年も前から電気を使った通信を行ってきました。神経が電気を使って通信する仕組みは、電気が電線を流れる仕組みと異なっています。この仕組みが明らかにされたのは、第2次世界大戦中から戦争直後の時代です。

 1936年、J.Z.ヤングは、イカの外とう膜を走る末梢神経の中にきわめて太い神経線維を見つけました。この神経線維は、直径が1ミリメートル近くもありました。普通の神経線維の太さが0.1から20ミクロン(1ミクロは、1000分の1ミリメートル)であることを考えると、これはとてつもない太さです。この巨大神経線維はその後、神経細胞や神経線維における電気信号発生の仕組みや、その薬理作用、神経細胞をとりまく膜の生化学的性質の解明のために長い間、使われることになりました。1939年以降、A.L.ホジキンとA.F.ハックスレーは、この実験材料を用い、神経線維の中に入れたピッペットと神経線維の外の液体との間に流れる電流を測定することによって、神経線維が電気信号を発生する仕組みを明らかにしました。

 神経線維の電気信号発生のカギは、ニューロンをとりまく膜の内側と外側に存在するイオンのアンバランスな分布にありました。細胞の内側には、カリウム・イオンが多く、外側には、ナトリウム・イオンと塩素イオンが多く分布しています。カリウムとナトリウムはプラスのイオンであり、塩素はマイナスのイオンでっす。細胞の内側には、マイナスに帯電したタンパクが集まります。細胞が静止状態にあるとき、膜の内側は、外側に対して、マイナス数十ミリボルト(1ミリボルトは、1000分の1ボルト)の電位差を保たれます。これを、静止電位と呼んでいます。このアンバランスなイオン分布を維持するためにニューロンは、エネルギーを使ってナトリウムを細胞外に汲み出し、カリウムを細胞内に汲み入れる仕組みを持っています。ホジキンとハックスレーは、これらの研究成果が評価され、1963年、ノーベル医学・生理学賞を授与されました。

 信号が、神経線維(神経細胞の情報を伝える突起=軸索)を通って伝えられるときには、まず、細胞体の膜の電位が、ほんの一瞬、プラスに逆転します。この膜の電位の逆転のきっかけは、他の神経細胞から信号を受け取った結果引き起こされることもあるし、また、外界からの物理的、あるいは、化学的刺激によって引き起こされることもあります。1000分の1秒以下の短い時間に引き起こされた、この膜の電位の逆転を、活動電位と呼んでいます。この一瞬の電位の逆転は、細胞の外からの急速なナトリウムの流入と、それに続く細胞内からのカリウムの流出によって引き起こされたものです。ほんの一瞬の膜の電位変化は、急速に起こり、速やかに元へ戻る。オシロスコープでその電位変化を観察すると、鋭く尖った波形となるために、インパルス、スパイク、発火、発射などと呼ばれています。

図1 活動電位:神経細胞の膜の内側は通常マイナス数十ミリ・ボルトですが、膜の内側の電位がプラス方向にシフトしてその変化が一定のレベルに達すると、まず、細胞外のナトリウム・イオンの細胞内への流入(緑の線)が起こり、その直後に細胞内のカリウム・イオンの細胞外への流出(赤の線)が起こります。この2つの変化が連続して起こることで、細胞内の電位が1ミリ秒以下の短時間プラスになる現象が発生します。これが活動電位(青の線)です。

 細胞体にインパルス(活動電位)が発生するとき、膜の電位が次第に上昇し、ある値(しきい値、閾値)を越えると、一気に発生します。インパルスの大きさは、発生の時間間隔が極端に短くならない限りは、常に一定です。つまり、発生するインパルスの大きさは、神経線維を遠くまで伝わっていくときにも常に一定の大きさに保たれていて弱まることがない特徴を持っています。これに対して、電線を電気が伝わるときは、信号が次第に弱まってしまいます。そのために、電線を伝わる電気信号の場合は、ところどころに信号を強めるための装置(増幅器)をつながなくてはなりません。

 インパルスは、普通、細胞体から神経線維(軸索)がでていく付け根の部分でまず発生します。この部分は、軸索がややふくらんで細胞体に連なっているので、軸索小丘と呼ばれています。神経線維をインパルスが伝わっていくとき、発生したインパルスが近傍の神経線維の膜の電位に電気的変化を引き起こします。この膜の電位の変化が決められた値(しきい値)を越えることによってつぎつぎとインパルスが発生していきます。インパルスがもと来た方へ逆戻りすることはありません。インパルスが発生した後しばらくの間は、インパルスの発生できない不応期と呼ばれる時期があるためです。こうして、神経線維を伝わるインパルスは常に順方向に、通常は細胞体から次第に遠ざかる方向へと伝わっていきます。

図2 神経細胞の形態の模式図

図3 不応期:インパルスが発生した後しばらくの間は、インパルスの発生できない期間を言う。活動電位が発生してから2ミリ秒程度は活動電位発生できない。この時期が絶対不応期(Absolute refractory period)。その後数ミリ秒は活動電位が発生しにくい。この時期が相対不応期(Relative refractory period)。相対不応期には大きな膜電位変化で活動電位を発生させることができるが、この時期の活動電位の振幅は通常より小さくなる。この図は神経線維(軸索)の束を電気刺激(Stimulate)し、その神経線維上で離れた位置で記録(Record)したときの様子を模式的に示している。左の図では、電気刺激の強さをS1からS4へと次第に強めている。記録された電気活動は刺激強度が増すと次第に増加している。右の図では2回の電気刺激(S1,S2)を行っている。S1とS2の時間間隔が小さくなると応答の振幅が減少し、時間間隔が2ミリ秒以下のときは応答していない。

 このように、神経細胞は、電気を用いることによって、迅速な信号伝達を可能にしています。この仕組みは、電線が電気を伝えるのに比較するとずっとゆっくりとしたスビードですが、信号がどこまでいっても一定であり、弱まることがないという点では、電線が電気信号を伝える場合よりも優れています。

[関連事項]

神経細胞の特徴

神経活動のビデオ



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(このページに関する連絡先:三上章允)



 現代文明は、電気信号を用いて通信し、電気信号を用いて情報処理を行っています。しかし、人類が、電気を用いて通信するようになったのは、それほど昔のことではありません。一方、神経は、何億年も前から電気を使った通信を行ってきました。神経が電気を使って通信する仕組みは、電気が電線を流れる仕組みと異なっています。この仕組みが明らかにされたのは、第2次世界大戦中から戦争直後の時代です。

 1936年、J.Z.ヤングは、イカの外とう膜を走る末梢神経の中にきわめて太い神経線維を見つけました。この神経線維は、直径が1ミリメートル近くもありました。普通の神経線維の太さが0.1から20ミクロン(1ミクロは、1000分の1ミリメートル)であることを考えると、これはとてつもない太さです。この巨大神経線維はその後、神経細胞や神経線維における電気信号発生の仕組みや、その薬理作用、神経細胞をとりまく膜の生化学的性質の解明のために長い間、使われることになりました。1939年以降、A.L.ホジキンとA.F.ハックスレーは、この実験材料を用い、神経線維の中に入れたピッペットと神経線維の外の液体との間に流れる電流を測定することによって、神経線維が電気信号を発生する仕組みを明らかにしました。

 神経線維の電気信号発生のカギは、ニューロンをとりまく膜の内側と外側に存在するイオンのアンバランスな分布にありました。細胞の内側には、カリウム・イオンが多く、外側には、ナトリウム・イオンと塩素イオンが多く分布しています。カリウムとナトリウムはプラスのイオンであり、塩素はマイナスのイオンでっす。細胞の内側には、マイナスに帯電したタンパクが集まります。細胞が静止状態にあるとき、膜の内側は、外側に対して、マイナス数十ミリボルト(1ミリボルトは、1000分の1ボルト)の電位差を保たれます。これを、静止電位と呼んでいます。このアンバランスなイオン分布を維持するためにニューロンは、エネルギーを使ってナトリウムを細胞外に汲み出し、カリウムを細胞内に汲み入れる仕組みを持っています。ホジキンとハックスレーは、これらの研究成果が評価され、1963年、ノーベル医学・生理学賞を授与されました。

 信号が、神経線維(神経細胞の情報を伝える突起=軸索)を通って伝えられるときには、まず、細胞体の膜の電位が、ほんの一瞬、プラスに逆転します。この膜の電位の逆転のきっかけは、他の神経細胞から信号を受け取った結果引き起こされることもあるし、また、外界からの物理的、あるいは、化学的刺激によって引き起こされることもあります。1000分の1秒以下の短い時間に引き起こされた、この膜の電位の逆転を、活動電位と呼んでいます。この一瞬の電位の逆転は、細胞の外からの急速なナトリウムの流入と、それに続く細胞内からのカリウムの流出によって引き起こされたものです。ほんの一瞬の膜の電位変化は、急速に起こり、速やかに元へ戻る。オシロスコープでその電位変化を観察すると、鋭く尖った波形となるために、インパルス、スパイク、発火、発射などと呼ばれています。

図1 活動電位:神経細胞の膜の内側は通常マイナス数十ミリ・ボルトですが、膜の内側の電位がプラス方向にシフトしてその変化が一定のレベルに達すると、まず、細胞外のナトリウム・イオンの細胞内への流入(緑の線)が起こり、その直後に細胞内のカリウム・イオンの細胞外への流出(赤の線)が起こります。この2つの変化が連続して起こることで、細胞内の電位が1ミリ秒以下の短時間プラスになる現象が発生します。これが活動電位(青の線)です。

 細胞体にインパルス(活動電位)が発生するとき、膜の電位が次第に上昇し、ある値(しきい値、閾値)を越えると、一気に発生します。インパルスの大きさは、発生の時間間隔が極端に短くならない限りは、常に一定です。つまり、発生するインパルスの大きさは、神経線維を遠くまで伝わっていくときにも常に一定の大きさに保たれていて弱まることがない特徴を持っています。これに対して、電線を電気が伝わるときは、信号が次第に弱まってしまいます。そのために、電線を伝わる電気信号の場合は、ところどころに信号を強めるための装置(増幅器)をつながなくてはなりません。

 インパルスは、普通、細胞体から神経線維(軸索)がでていく付け根の部分でまず発生します。この部分は、軸索がややふくらんで細胞体に連なっているので、軸索小丘と呼ばれています。神経線維をインパルスが伝わっていくとき、発生したインパルスが近傍の神経線維の膜の電位に電気的変化を引き起こします。この膜の電位の変化が決められた値(しきい値)を越えることによってつぎつぎとインパルスが発生していきます。インパルスがもと来た方へ逆戻りすることはありません。インパルスが発生した後しばらくの間は、インパルスの発生できない不応期と呼ばれる時期があるためです。こうして、神経線維を伝わるインパルスは常に順方向に、通常は細胞体から次第に遠ざかる方向へと伝わっていきます。

図2 神経細胞の形態の模式図

図3 不応期:インパルスが発生した後しばらくの間は、インパルスの発生できない期間を言う。活動電位が発生してから2ミリ秒程度は活動電位発生できない。この時期が絶対不応期(Absolute refractory period)。その後数ミリ秒は活動電位が発生しにくい。この時期が相対不応期(Relative refractory period)。相対不応期には大きな膜電位変化で活動電位を発生させることができるが、この時期の活動電位の振幅は通常より小さくなる。この図は神経線維(軸索)の束を電気刺激(Stimulate)し、その神経線維上で離れた位置で記録(Record)したときの様子を模式的に示している。左の図では、電気刺激の強さをS1からS4へと次第に強めている。記録された電気活動は刺激強度が増すと次第に増加している。右の図では2回の電気刺激(S1,S2)を行っている。S1とS2の時間間隔が小さくなると応答の振幅が減少し、時間間隔が2ミリ秒以下のときは応答していない。

 このように、神経細胞は、電気を用いることによって、迅速な信号伝達を可能にしています。この仕組みは、電線が電気を伝えるのに比較するとずっとゆっくりとしたスビードですが、信号がどこまでいっても一定であり、弱まることがないという点では、電線が電気信号を伝える場合よりも優れています。

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