動物は夢をみるか?


 動物が夢をみるかどうかは、動物に聞いてみなけらばわからない。動物がことばをしゃべらない以上、完ぺきな解答は得られない。しかし、動物が夢をみると考えてもよさそうな証拠はいくつかある。

 ペットを飼っている人達は、動物が夢をみると信じている。私の姪のナオコは犬が大好きだ。叔母の家のヨークシャーテリアとよく遊んでいる。夜になるとその犬は枕に頭をのせ、仰向けになって姪の横に寝る。寝ているときに突然キャンと声を出し、目を覚ましたのかと見るとやっぱり寝ている。突然むくっと起き上がり、ふらふらと歩いてまた寝てしまうこともある。似たような経験は、ペットを飼っている人達が多かれ少なかれ持っているようである。

 しかし、言葉をしゃべらない動物が確かに夢をみると証明することは、ほとんど不可能である。そこで動物も夢をみると信じてもよさそうな証拠をいくつか紹介し、結論は読者の判断に委ねたい。


1.大脳をもつ動物だけが眠る
 われわれは、夢という表現をしばしば目覚めているときときにも比喩的に用いる。しかし、この小論で問題にするのは睡眠中にみる夢である。そこで、動物が夢をみるためには、動物はまず眠らなければならない。
 どんな動物が眠るかについては、眠りをどう定義するかにかかわるので簡単ではない。眠りを単なる定期的な休息と定義すれば、ある種の植物も眠る。ミツバチ(昆虫類)やサソリ(甲殻類)などの節足動物、アメフラシなどの軟体動物など神経システムの比較的発達した無脊椎動物は、独特の休息場所、休息姿勢、休息時の刺激反応性の低下、日周リズムなどを伴った休息状態があり、これを睡眠と見ることもできる。
 しかし、脳波の変化で定義できるような睡眠は、発達した脊椎動物(鳥類や哺乳類)でのみ見られる。このような動物では、眠りは「大脳の休息」と定義できるかもしれない。眠りをこのように大脳の休息と定義すれば、当然のことながら、大脳の発達の悪い爬虫類、両性類、魚類などは、睡眠するかどうか怪しくなる。このような動物で脳波を記録してみてもヒトや高等な哺乳類でみられるような睡眠中のゆっくりとした波(徐波、じょは)は記録できない。ヒトの脳波を基準とすることは、ヒトの脳波が大脳(とくに大脳皮質)の神経細胞の電気活動を主な起源とすることを考えれば、大脳の発達した動物でのみ睡眠を認めるということでしかない。このように、睡眠を大脳の休息と定義することはトートロジーであって、何も問題は解決していない。しかし、この小論では、この問題に立ち入らず、このうような定義を仮に眠りの狭い定義することにしよう。

2.動物のレム睡眠とノンレム睡眠
 人の睡眠の研究では、約30年前にレム睡眠が見つかった。通常、睡眠が深くなると脳波はゆっくりとした波(徐波)となる。脈拍は遅くなり、呼吸もゆっくりと規則正しくなる。この時期の睡眠は徐波睡眠あるいはノンレム睡眠と呼ばれる。一方、レム睡眠の時期には、覚醒しているときのような振幅の小さな活発な脳波パターンを示し、急速な眼球運動(目がきょろきょろと動く)がみられ、呼吸や脈拍の乱れも生じる。脳が覚醒期に近い状態にあるのに反して、体の筋肉の緊張状態が低下しており深い眠りの状態である。このため、レム睡眠は逆説睡眠とも呼ばれている。一晩のうちにノンレム睡眠とレム睡眠は繰り返し出現する。レム睡眠中に無理に起こすと、夢をみていることがが多い。そのため、レム睡眠を研究することによって夢の発現のメカニズムを明らかにできるものと考えられるようになった。
 では、人以外の動物の睡眠にも、レム睡眠の時期があるのだろうか? 狭い定義の眠りをもつ動物(鳥類と哺乳類)は、レム睡眠の時期を持つ。動物のレム睡眠の時期には、ヒトのレム睡眠と類似した様々な生理現象が観察される。フランスの生理学者ジュベーは、ネコの大脳皮質、小脳、間脳を取り除いても、レム睡眠はなくならないことを示した。このような手術を受けたネコは保育器の中で睡眠と覚醒を繰り返し、レム睡眠の特徴である急速眼球運動、PGO波、筋肉の緊張低下などを伴う睡眠も周期的に出現する。レム睡眠の特徴は、脳幹の橋(きょう)背側部を限局的に壊すと完全に消失する。
 動物のレム睡眠の特徴のひとつとされているPGO波とは、橋(
Pons)、外側膝状体(がいそくしつじょうたい、lateral Geniculate body)、後頭皮質(Occipital cortex)の大文字部分をとって名付けられた一種の脳波である。ネコのレム睡眠中に橋、外側膝状体、後頭皮質から記録される電気活動で、その鋭い棘(とげ)状の波形の特徴から棘波(きょくは)とも呼ばれている。
 脳幹部にある橋はレム睡眠の中枢のある場所であり、外側膝状体と後頭部の大脳皮質は、視覚情報の処理を行う場所である。目覚めているときには目から入った視覚情報は目の網膜、つぎに脳の中央部のにある外側膝状体を経て後頭部の大脳皮質(第一次視覚野)へもたらされる。レム睡眠中には、レム睡眠の中枢から出発した信号が、視覚情報を処理する途中の中継点である外側膝状体へもたらされ、そこからは目覚めているときと同じ経路をたどって視覚イメージをつくりだすと考えると視覚的な夢の理解にはうってつけである。
 PGO波はまた、レム睡眠中に見られる急速な眼球運動を引き起こす働きをもつものと考えれれている。眼球運動が右方向へ向かうときは、右側の外側膝状体でPGO波の振幅が大きく、眼球運動が左側へ向かうときは、左側の外側膝状体でPGO波が大きいという報告もある。さらに、PGO波の出現に伴って、動物が夢幻様行動示すとする報告もある。ジュベーらは、脳幹にある青班核α(せはんかく・アルファ)という場所を局所的に破壊する実験を行っている。彼らによれば、青班核αの破壊は、覚醒や徐波睡眠には影響しないが、普通のレム睡眠でみれれる筋肉の緊張の低下がおこらなくなる。筋肉の緊張低下なしにレム睡眠中のPGO波が発生すると、ネコは、突然首を持ち立げて、あたかも何かを見つめるように首を上下左右に動かしたり、ときには立ち上がって観察用のケージの中を歩き回ることもある。この夢幻行動のときのネコの眼の瞬膜は閉じており、実際に何かを見ているわけではない。脳波、眼球運動、脈拍、呼吸などは通常のレム睡眠の場合と同じである。この夢幻様行動は、夢による幻覚のよるものかもしれないが、橋に発生した信号が運動システムにもたらされ様々な行動パターンを引き起こしたとも考えられる。後者が正しいとすれば、橋に発生した信号は脳のいろいろな場所へもたらされ、視覚システムでは視覚的な夢を、運動システムで様々な運動パターンを引き起こすが、正常のレム睡眠では筋肉の緊張低下のため実際に運動パターンを生じることは少ない。青班核αが破壊されると、筋肉の緊張低下が起こらないために、いろいろな運動パターンが外へ現れるということになる。
 ネコで記録されるPGO波はこのように夢やそれに付随する行動発現に関係していそうであるが、ヒトでまだその存在がははっきりとは確かめられていない。その理由のひとつは、ヒトの脳の中へ睡眠中に電極を入れることができないからである。最近、ハーバード大学のマッカレーらは、ヒトのレム睡眠中の脳波を何回も加算すると眼球運動のはじまりと一致したするどい波(棘波)が頭頂部と後頭部で記録できると報告しているが、これがPGO波に相当するかどうかはまだはっきりしていない。また、たとえヒトでPGO波が確認できたとしても、これをもって動物が夢をみる確実な証拠とするわけにもいかないであろう。

3.夢は大脳皮質でみる
 夢をみるためには、外からの入力が遮断された状態で独自に視覚イメージをつくりだす脳のシステムが必要である。では、ヒトやサルは、視覚的イメージをどこで見ているのだろうか。目覚めている状態では、視覚信号が眼球の網膜から入り、外側膝状体という中継核を経て大脳皮質の後頭葉にある第一次視覚野へもたらされることはすでに紹介した。第一次視覚野では、視覚情報は小さな点や小さな線の情報に分解されており、視覚イメージを作り出すにはほど遠い状態である。では、視覚イメージは脳のどこでつくられるのだろうか。ここ30年あまりのサルを用いた研究は第一次視覚野から後の視覚情報の流れについて多くの新しい知見をもたらした。ここでは、その詳細を紹介できないが、簡単にまとめると、大脳皮質のもっとも後方にある第一次視覚野から視覚情報は次第に前方の大脳皮質へと少しづつ伝えられながら分析、統合されて視覚イメージを作り出す。この視覚情報の流れには大きく2つの流れがある。「どこに」あるいは「どこへ」という情報(空間についての視覚情報)は、頭頂連合野へ、「なにが」という情報(形態についての視覚情報)は、側頭連合野へと統合される。側頭連合野を取り除かれたサルは形や物体の識別や記憶が障害を受け、頭頂連合野を取り除かれたサルは、場所、位置関係、動き視覚が障害される。視覚イメージはこうして連合野に生じると考えられる。(「大脳皮質連合野の話」参照)
 カナダの脳外科医のペンフィールド(Wilder G. Penfield, 1891-1976)は、手術中のヒトの大脳皮質に刺激電極を刺入し、大脳皮質の機能局在を詳細に記載したことで知られている。大脳皮質は痛みがないために、脳手術はしばしば頭の表面の局所麻酔によって行われてきた。このため、脳の表面に細い銀線をあて、弱い電流を流しながら、患者と会話することが出来た。運動野を刺激すると、手や足がぴくぴくと動くが、患者は、手や足を自分で動かしたという感じは持たない。体性感覚野を刺激すると、ピリピリした感じや、しびれを感じるが、患者は、外界のものと接触しているという感じは持たない。視覚野を刺激すると、ちらつく光、いろいろな色、いろいろな星などを経験するが、これは単純な視覚情景の断片に過ぎない。
 1958年、ペンフィールドは、側頭葉の障害のために重篤なてんかん発作のあったMMという女性患者の症例を発表した。MMの右の側頭葉を露出し弱い電気刺激を加えると、以前に経験した出来事の生き生きとした記憶がよみがえった。側頭葉のある場所を刺激するとある事務所の中の情景がよみがえった。机が見え、机にもたれて鉛筆を持った人が、彼女を呼んでいた。別の場所を刺激すると、彼女が仕事場でコートを掛けた場所の情景がよみがえった。電気刺激によって過去の経験がよみがえるときには、経験が次々と連続的に引き出され、時間は前方にのみ流れた。ペンフィールドが用いた電気刺激は一秒間に40から80回のパルスの列である。このような電気刺激を加えると、刺激電極周辺の脳の細胞は、電気刺激に同期して強制的に活動させられる。脳の細胞は、正常な場合とは似ても似つかないような不自然な活動をしているはずである。それにもかかわらず、鮮明な記憶がよみがえるというのは、驚くべきことであった。この研究は、側頭葉が記憶の座であるとする考えの根拠の一つとなった。 
 ペンフィールイドの実験では、視覚イメージの時間的な流れを引き起こす刺激は、体の外にいる外科医が電極を通じて与えていた。人工的でやや乱暴な電気刺激が、視覚的イメージを引き起こすきっかけとなったように、睡眠中に、脳の中の神経回路を通じてまとまった信号のかたまりが側頭連合野に送り込まれれば、電気刺激の場合と類似した視覚イメージの時間的流れを引き起こすに違いない。そして、PGO波がこのようなまとまった信号のよい候補となるかもしれない。
 また、ペンフィールドによる電気刺激の結果は、過去の記憶内容の再現であったが、側頭連合野に送り込まれた信号によって、記憶内容そのものとは異なった視覚イメージが生じても不思議ではない。夢にだけしか登場しない場所があったりすることを考えると、連合野に発生する視覚イメージは、記憶内容の影響をうけつつも、記憶そのものである必要はないと考えるほうが適当かもしれない。

4.見る夢、聞く夢、触れる夢、嗅ぐ夢、味わう夢
 われわれは夢を「みる」と表現する。これは、ヒトのみる夢のほとんどが視覚的な夢であることによる。ある調査では、96%が見る夢であり、聞く夢(25%)、動く夢(19%)、味わう夢(2%)、触れる夢(1%)、嗅ぐ夢(0%)を大きく上回っている。この章でも、視覚的な夢を中心に話を進めてきた。
 ヒトで見る夢の多いのは、ヒトで視覚がもっとも重要な感覚であるためと考えられる。ヒトにかぎらず霊長類は、視覚システムがよく発達している。ニホンザルの仲間であるマカカ属のサル達は、大脳皮質の約55%以上を視覚情報処理だけのために使っている。従って、サル達も見る夢をたくさんみているであろう。
 一方、イヌやネコなど、地上性の動物では、嗅覚が発達している。このような動物が夢をみるときは、嗅ぐ夢をたくさんみるかもしれない。

7.結論--動物も夢をみる
 動物が夢をみるかどうかは、動物に聞いてみなけらばわからない。動物がことばをしゃべらない以上、完ぺきな解答は得られない。しかし、動物が夢をみると考えてもよさそうな証拠はいくつかある。まず、動物の日常の行動で睡眠中に夢見を想像させる行動がある。つぎに、ネコやサルなどの比較的高等な哺乳類では、レム睡眠に相当する睡眠の時期があり、ヒトのレム睡眠と類似した様々な生理現象が観察される。また,ネコのレム睡眠の中枢と視覚系にPGO波という独特の電気活動が記録できる。さらに、サルでは、ヒトと類似した視覚イメージ形成の機構がある。
夢をみるときには、何らかのきっかけで、外からの視覚刺激無しに視覚イメージが脳の中に発生し、それが、つぎつぎと時間的に移行していく。脳幹の橋は、このような過程を引き起こすきっかけとなる信号を発生する。夢みのきっかけとなる信号が発生するのは脳幹であるが、夢をみるのは大脳皮質の連合野である。従って、大脳連合野の発達した動物でのみ夢を見ると考えられる。これは、現在までに得られているデータから私が推論した結論である。

(文責:三上、「こころの科学」41号、1992年執筆を改変)

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(このページに関する連絡先:三上章允)