単一細胞活動解析に意義はあるか?

多数の細胞活動の集合をどう解析するか?


 「おばあさん細胞」とはおばあさんを認識する細胞という意味です。おばあさんを認識する細胞、電話を認識する細胞というように、脳の中には世の中の認識内容に対応した神経細胞があり、その細胞の活動によって認識が行われるという考え方です。「おばあさん細胞」仮説はもう少し一般的な表現をすれば「認識細胞」仮説と呼ぶこともできます。これに反対する意見は「細胞群」仮説です。ひとつひとつの細胞は「認識」内容との明確な対応を持たず、多数の細胞の集団の活動によって「認識」が成立するという考え方です。


 私自身は「細胞群」仮説を支持しますが、私達の研究室でおこなわれた研究は、少なくとも、個々の神経細胞がかなり高い識別能力を持つことを示しています。この事実は、単一の神経細胞レベルで、個々の神経細胞の特徴を詳細に解析することの重要性を意味しています。「細胞群」仮説の立場をとるとき、個々の細胞活動を詳細に調べても意味がないという立場もありえます。このような立場から、ノイズの多い細胞活動、単一細胞レベルでは刺激や行動条件との間に明確な関係の存在しない意味不明の細胞活動を多数集めて数値処理して何らかの結論を引き出そうとする研究もあります。しかし、私達の研究室のデータが示すように、あるいは、これまで行われてきた多くの単一神経細胞活動のデータが示すように、実験事実として、個々の神経細胞は単一細胞レベルでの詳細な解析が意味を持つほど十分に特殊化しています。従って、私は、どちらの仮説をとるにしても、それぞれの脳領域を特徴づけるような単一細胞活動が必ず記録されるはずであり、また、その努力が払われるべきであると考えます。

 上記のように「細胞群」仮説の立場に立っても単一細胞活動の特性を丹念に解析することは重要です。しかし、それとともに、多数の神経細胞の集合「細胞群」による情報表現仮説を考える場合、どのような研究戦略がありえるかを考える必要があります。実はこれが長い間、研究者にとって最も悩みの多い点でした。この問題は、私が大学院に入った30年程前にもすでに知られていた問題でした。「高次」の脳機能を、片っ端から細胞活動を記録してその時間系列の数値処理をする試みも行われていました。一方、一個一個細胞活動を記録してみると刺激や学習条件との対応関係の見つかることも分かりました。その結果、その後、単一細胞活動の記録と解析は、重要な研究手段の一つとなりました。私は、脳内の情報表現が活動電位の時間的、空間的分布によるとする立場から、今後とも単一細胞活動の記録と解析が重要な研究手段であると考えています。しかしそれと同時に、最近の技術水準の進歩から、多数の細胞群の活動を記録解析する試みも可能になってきたと考えています。


(1)脳の電気活動の画像化:PET、MRI、感電色素、反射光、磁場測定などによる脳の電気活動の2次元画像(あるいは3次元画像)の記録と解析。脳が全体として働くときのダイナミックな過程をおおざっぱに見ることができる。
(2)複数の電極を用いた、複数の単一細胞活動の同時記録:この手法を用いて、コラム内の情報処理機構の解析、コラム間の情報処理機構の解析、領野間の情報処理機構の解析、「高次」から「低次」へもどされるフィードバック信号の解析などが可能となるはずである。
(3)前述の複数のニューロン活動の同時記録は、これまでもいくつかの研究室で試みられてきたが、せいぜい相互相関の繰り返しである。相互相関の解析は、単一ニューロン記録の積み重ね以上の情報をもたらすことは確かである。しかし、相互相関は、結局、1対1の対応関係の解析であって、多数のニューロンの関与する過程の分析にはまだほど遠い。同時記録したニューロン活動のデータをどう処理するか、さらに工夫が必要と思われる。ニューラルネットなどを用いたモデルによるシミレーションは、この問題の解決の糸口を与えるかもしれない。
 これらの手法は、まだ未熟であり、また、一長一短のところもあるが、今後の発展を期待できそうに思う。

(文責:三上、1991年執筆)



このページのトップに戻る

脳の世界のトップへ戻る

(このページに関する連絡先:三上章允)