主要な研究手法


 脳の機能の研究には、主として3つの手法が使われてきました。
 (1)破壊、(2)刺激、(3)記録の3つの手法です。
 (1)の破壊は、脳の一部が障害されたときに見られる症状(脱落症状)からその部位の機能を調べる方法です。(2)の刺激は、脳を刺激したときに何が起こるかを観察し、その結果から刺激した部位の機能を調べる方法です。(3)は脳の活動を何らかの物理的手段によって記録することによってその機能を調べる方法です。
 もちろん、これらの手法のほかに、組織学的研究、薬理学的または生化学的研究、行動学的研究、精神医学的研究、工学的研究などが脳の機能の研究の基盤となります。しかし、脳の機能、とくにヒトで最も特徴的に見られる高次の機能は、脳という情報処理装置の素子である神経細胞(ニューロン)の活動によるものであり、脳の高次の機能を調べるには、上記の3つの手法が中心となると考えられます。

 では、この3つの手法をもう少し詳しく考えて見ましょう。
(1)脳の破壊の研究は、病気やけが、手術などで脳の一部が障害または除去された患者さんのデータ、外科手術によって実験的に脳の一部を除去した動物のデータが、150年以上に渡って蓄積されています。これらのデータは脳の機能を考える上で貴重なデータです。しかし、脳は非常に「やわらかい装置」であり、異常がおこると残された部分が失われた機能を回復するように働きます。けがや手術から回復するまでの1週間ー1カ月ほどの間にも急速に回復が起こります。従って、ある程度回復した後の症状しか見ることができません。
 回復する前に機能テストを行う方法が最近確立しました。これは、脳の中で情報伝達をおこなう神経細胞だけを選択的に殺す神経毒を、脳の特定の部位に注入する方法です。(文献資料、Newsome, Wurtz, Durstera & Mikami, 1985a, 1985b 参照)この方法を用いることによって、脳の局所破壊の直後に機能障害をテストできるようになりました。神経毒の場合は薬が及んだ部分の神経細胞は永遠に消失しますが、別の物質(局所麻酔薬や伝達物質阻害剤など)を使うと繰り返し機能障害を見ることもできます。(文献資料、Newsome, Wurtz, Durstera & Mikami, 1985b, Ohishi, Mikami & Kubota 1995 参照)
(2)脳の刺激の研究はこれまで主として電気刺激が用いられてきました。脳の中で情報処理を担う神経細胞は電気信号によって情報を伝えます。情報が伝わるときには弱い電気が発生しています。そこで逆に外から電気信号を与えると神経細胞の活動に影響を及ぼすことができます。脳の運動系の電気刺激は、運動を誘発しますし、脳の感覚系の電気刺激は感覚を乱します。脳のいろいるな場所を電気刺激して、脳の機能を知ることができるわけです。最近は電気刺激を主要な実験手法とする研究は少なくなりましたが、研究の補助的手段としては良く用いられています。(文献資料、Noda & Mikami 1986、Kodaka, Mikami & Kubota 1997 参照)。
 また、最近は電気刺激だけでなく磁気刺激が行われるようになりました。皮膚の電気抵抗が高いため、電気刺激を用いるときは脳内あるいは脳表面に直接電極を置く必要があります。一方、磁気刺激は皮膚の電気抵抗の影響を受けないので、全く外科的処置なしに頭皮の表面から用いることができます。ヒトでの研究では有力な手段となると思われます。(学会発表資料、Ishiguchi, Mikami, Tamachi et al 1995 参照)
(3)記録は、脳の機能の研究では最もよく用いられてきた方法です。私達の研究室からの研究発表のほとんどは記録を主要な研究手法とするものです。
 現在の脳の研究者の見解によれば、学習や記憶は、シナプス(神経細胞同士の接合部分)における伝達の効率の変化によるものです。このシナプスにおける伝達効率の変化のメカニズムには、神経細胞における分子レベルの現象が深く関わっています。シナプスの伝達効率を変化させる分子レベルの仕組みは、他の哺乳類、例えばラットとかなり共通する仕組みによっていることが予想されます。一方、高次の脳機能における学習・記憶内容は、網の目状に連絡した多くの神経細胞に発生する活動電位の時間的、空間的な分布によっていると予想されます。高次脳機能物質、例えば、Aさんの顔を認知する「Aさんの顔物質」があるわけではなく、Aさんの顔を見たときに、ある神経細胞群のそれぞれの神経細胞がそれぞれの時間経過に従って活動した結果、Aさんの顔の認識が可能になると考えます。このような立場から、高次の脳機能の中身の理解には、神経細胞のネットワークの働きの、「システム的理解」が必要と考えます。また、複数の神経細胞の関与する過程ですから、複数の神経細胞の活動を同時記録する方法も有効であろうと考えています。
 ニューロン活動の記録の他に、もう少しおおざっぱに脳機能を見る手法として、脳波、脳磁場、光記録、fMRI(機能的MRI)、PETなどがあります。(PETについては文献資料、Inoue, Mikami, Ando, Tsukada, 2004 機能MRIについては、文献資料、Miyai, Suzuki, Mikami, Kubota, Volpe, 2001、参照)。それぞれ、時間解像度、空間解像度、適応範囲などに問題がありますが、ヒトを被験者とする場合は有力な研究手段となることが期待されます。
 これと同時に、すでに述べた薬物による可逆的、非可逆的局所微量投与による脱落症状ないし刺激症状の解析、電気刺激ないしは磁気刺激による脱落症状ないし刺激症状の解析、組織学的解析、心理物理学など行動レベルの研究、脳損傷患者の神経心理学的研究、薬理学的研究により、脳機能の多面的理解が可能になります。これらの中で、特に、薬物微量投与や電気刺激による脱落症状、刺激症状の解析は記録法の弱点を補うものとして重視です。


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(このページに関する連絡先:三上章允)